リセット
運命という言葉を、信じているか。
そう聞かれれば、きっと今までの臨也なら鼻で笑って信じていないと一蹴しただろう。
臨也にとって、運命というモノはその程度の認識だったのだ。
そんな臨也は帝人との約束を断って、ぼんやりと信号が青に変わるのを待っていた。
結局のところ、自分の命が狙われているのは明白なので今日くらいは大人しく事務所に籠もろうと思っていた。
「臨也、さんっ!」
「帝人、くん……?」
だから、さっさと新宿へ帰ってしまおうと思っていた臨也は、後ろから掛けられた言葉に呆然とした。
振り返れば、十メートルほど後ろに、帝人が息を切らせて立っていた。
「……、なんで居るのかな?今日、仕事だって、言ったよね?急に約束破っちゃってごめんね」
「それ、嘘ですよね?」
「え?」
「だって臨也さん、嘘つくとき、愛想笑いするから……。メール見て、何か変だと思って、臨也さん探してたんですけど、今ので確信しました」
「…………」
妙な所で、いつも帝人は鋭い。
その鋭さも普段は気に入っているのだが、今日は少しだけ厄介だと思った。
「臨也さん、あの、僕何かしましたか?……その、遅刻したことを怒ってるなら、謝ります……!」
「違う、そうじゃない」
「じゃあ、どうして……!!最近臨也さん、忙しくてあまり会えないのに……」
「それは俺だって……、」
ずっと帝人に会いたくて仕方がなかった。
だから必死で時間を作った。
それが、今日だった。
(けど……)
臨也はそこまで考えて、脳裏に浮かぶ血塗れの帝人を、配管を沢山繋がれて横たわる帝人を思い出して、顔を引きつらせる。
「臨也さん……?」
「……もう、俺に会わない方が良い」
「え?」
「俺と、一緒に居ない方が良い。じゃあね。ばいばい、帝人くん」
「臨也さん!?」
驚く帝人を無視して、臨也は再び前を向く。
信号は、もう青で、点滅していた。
帝人から逃げるように臨也は横断歩道を走る。
後ろから、帝人が追いかけてきているのは分かったが、帝人の足じゃ自分には追いつけないことは分かっていたし、横断歩道を越えて人混みに紛れてしまえば、路地にで入ってしまえば、きっと帝人は追って来れない。
「待っ、て、待って下さい!」
必死で叫ぶ帝人の声に、臨也は何とも言えない気持ちになる。
けれど、立ち止まる訳にはいかなかった、これ良かったのだ。
これで、良かったのだ。
臨也は自分自身に言い聞かせるように、何度も呟く。
けれど、次の瞬間だった。
後ろでけたたましい車のクラクションの音がして、臨也は少し振り返る。
「え……」
そして思わず固まった。
明らかにスピード違反な車が、横断歩道に突っ込んできていた。
そして、車の先には突然のことに硬直して動けない帝人の姿。
「帝人くんっ!!」
その次の瞬間には、臨也は走り出していた。