偲ぶ銀の
それから数日間、シリウスとリーマスは何事も無かったかのようにいつもの生活を続けた。
死喰い人との避けられない対決の時に備え、着々と準備を進めながら。
ただし、二人とも触れることのできない話題を故意に避けたままだった。
(嫌だな…)
普段と何が違うというのかも曖昧で、けれどどこかひりついた空気。
すれ違いが何を生むのか十分に知っているからこそ、リーマスはこの空気がとても良くないものだと思った。
シリウスもそれをわかっているはずだが、彼から話をさせることも嫌だった。
(シリウス……)
そして、僕は行動を起こした。
彼が好む場所や彼の居そうなところは、ホグワーツ時代に嫌というほど探し回ったせいで、簡単に検討がついた。
シリウスの好みはある意味極端だ。
いつも人の輪の中にいるくせに、ふらりと消えて一人になりたがる。
――とても、寂しそうな目をして。
彼は純潔を尊ぶ一族の中では異端児だった。家族から受け入れられず、切り捨てられた存在。
そして、彼も家族を好きではなかった。
そのことが、捻くれていながらも、基本的には人好きなシリウスに、人を拒絶する時間を生み出したのだろうか。
だが、ホグワーツにいた頃、その時間は決して長くなかった。
大体はその前に、僕には感じ取れない何かを察したジェームズが、いつもよりもシリウスを構い倒していたからだ。
悪戯を仕掛けたり、じゃれついたりして。
そうやって、「お前は受け入れられている」「大好きだ」と、シリウスに誰よりもわかりやすく伝えていたのはジェームズだろう。
だから、シリウスにとってジェームズは大切なかけがえのない存在であった。
だが今はもう……ジェームズはいないのだ。
リーマスは誰もいない、寂しい場所を探す。
予想はあたっていた。
シリウスは団員が滅多に使わない雑然とした部屋で、夜空を見上げていた。
リーマスが部屋に入ったことに気付かないほど熱心に。
一人佇むシリウスの隣に並ぶ。
「…リーマス」
突然やってきた私を認めて、シリウスは少し驚いたようだったが、それも僅かな時間のことで、後は先ほどまでと同じくただ空を見ていた。
無言で静かな空気に存在が馴染んだ頃、私はゆっくりと口を開いた。
「…ハリーの守護霊(パトローナス)を初めて見たとき、驚いたよ」
私は視線を上げずに、横を向いたまま、勝手に言葉を紡いだ。
「あれはプロングスだと思った。…嬉しかった。ハリーにはちゃんとジェームズとの繋がりがあるんだ、と。もっとも、あの面差しを見れば一目瞭然だけどね」
シリウスも会話に応じる。
「あぁ。瓜二つだからな、あの親子は」
「性格もね。何をやるかわからない、危なっかしいところはそっくりだ。まぁ…そこは名付け親の方も継いじゃってるみたいだけど」
「…どういう意味だよ」
わかってるくせに、と目を向けるとシリウスがぐっと言葉に詰まった。
一応、自覚はあるようで何よりだ。
「でも」
そこで一旦、リーマスは目を伏せ、言葉を切る。
部屋の中の静けさに一瞬浸った。
そして、やっと口を開く。
「君のパトローナムを見たときは……胸が苦しくなったよ。守護霊(パトローナス)の形が変わったのなんて、初めて見た」
守護霊(パトローナス)の形は、魔法使いがその意志で選択するものではない。
けれどその形は、常に庇護される対象と深く関わるものだ。
「君の守護霊(パトローナス)を見て、何故誰一人として……いや、違うな。何故“私は”君を慮らなかったんだろうと悔しくなった」
「リーマス……」
「あの時間を共に過ごした誰も……君がジェームズを欠くことの意味をどうしてわかってあげられなかったんだろうかって」
残酷な策略があった。
そして、裏切りの疑いを向けるに足る、強烈な敵と恐怖があった。
けれど、それが誤解だったとわかってからも、誰も彼のことに気付いていなかった。
血を流し続けている傷。
慟哭と悔恨に、誰も触れようとしなかった。
「……君たちの間には、しっかりとした絆があった。僕らは常に四人でいたけど……君とジェームズの間には誰も入り込めない気がしてたよ」
「リーマス、それは…!」
まるで蔑ろにされていたという風に聞こえたのか、シリウスが焦った声を出した。
僕としてもそんなつもりはなかったため、急いで言葉を続ける。
「ううん。私たちのことも大事にしてくれていたこともちゃんとわかってる。でも、シリウス」
“ジェームズは、君にとってそれほどまでに大きかったんだろう?”
ぴったりと息の合う、互いが互いの半身のようだった二人。
誰よりも仲が良く、誰よりも好きに言いたいことを言い合って、そして誰よりも一緒にいた。
ジェームズの息子の名付け親にまでなったシリウス。
それなのにあの事件が起こった時、誰一人それを認めなかったどころか、「シリウスがジェームズを殺した」と信じたのだ。
「……痛いね。……ジェームズがここにいないことはこんなにも辛い」
シリウスの喉から、擦れた声が漏れた。
「…れは、俺が…っ!!」
だが、それを素早く遮る。
「君だけのせいじゃない。…君だけに、背負わせるつもりはないよ」
「だがリーマス…っ!」
「シリウス」
宥めるように、だが断然とリーマスは言い切った。
「君が、ジェームズを殺したわけじゃないんだ。たとえ、真実がそれより辛いことでも」
“シリウスが裏切り、ジェームズを殺した。”
そんな当時から非現実的に思えた出来事の真実は、更に信じられないことだった。
そして、彼にとってはより残酷な。
でも、今言いたいことはそのことではなかった。
「この守護霊(パトローナス)は、間違いなくジェームズだよ。……君を守ってくれる」
キラキラと光を纏って駆けた、銀の守護霊を脳裏に思い浮かべる。
ややあって、シリウスも頷いた。
「あぁ…そうだな。あいつに一方的に守られるなんて癪だが」
きっと、想っていることは口に出したこの言葉とは少し違うのだろう。
シリウスは自分を責めているから。
けれど、次の言葉には毅然とした意志が宿っていた。
「代わりに、俺はお前とハリーを守ろう。もっとも、ハリーにもジェームズはついてるみたいだけどな」
「きっとリリーもね。大体、僕だって自分の身は自分で守るさ」
僕が言い返すと、シリウスは苦笑気味に微笑んで言った。
「あぁ…知ってる。でも、俺が守りたいんだ。俺の大切なものを―――もう、失くさないために」
最後の言葉を発した時、彼の目はまた真っ直ぐ空に注がれていたのだった。
作品名:偲ぶ銀の 作家名:加賀屋 藍(※撤退予定)