未来について
「で、でも、なんか離れって言ってなかった?大丈夫?」
怖気づく健二の手を引いて、佳主馬は小さな鞄をぶら下げてまっすぐに入口へと歩き出す。箱根駅からタクシーに乗って間もなく酔ったと吐き捨ててぐったりしていた健二が、降りてホテルを見た瞬間に酔いは吹っ飛んだらしい。
「全然大丈夫。ほら早くチェックインしないと」
フロントへの階段を上がる間も、健二はきょろきょろとあたりを見回して落ち着かない。絢爛な装飾や高級そうな掛け軸だの壺だのを見ては、小さく息を飲んでいる。
佳主馬は引き気味の健二の手を引きながら、ここは少し失敗だったかもしれないと内心後悔していた。
高くない、とは言ったけれど、初めての二人旅行に張り切った佳主馬が予約したのは箱根で一番高級なホテルの離れの部屋だった。隠れ家的な旅館でしっぽりと、と迷ったけれど、結局部屋にも温泉を引いているといううたい文句のあるここに決めた。当日までどんなホテルなのかは秘密にしていたけれど、そもそも旅行慣れすらしていない健二は完全に怯えている。
喜んでもらえればいいという一心で予約したけれど、健二が小心者であることをすっかり忘れていた。
(どうしよう…このままびくびくしてたら……)
不安に思いながらチェックインを済ませている間に、健二は少しずつ慣れてきたらしい。部屋についての説明を受けた佳主馬が振り向くと、相変わらずきょろきょろしてはいるけれど興味を持ったような目に変わっていた。
「それではご案内いたします」
恭しく鍵を持って歩き出したベルボーイが、マニュアル通りのホテルの説明を始める。健二はうんうんと頷きながら難しい顔をしていた。
「こちらのお部屋になります」
案内された部屋に入るなり、健二は目を丸くする。荷物を置いたベルボーイが出て行くと、健二がくるりと振り向いた。
「こ、ここ……本当にここに泊るの?二泊も?」
「気に入らなかった……?」
「そんなことない。すごい……」
ほう、と溜息を吐きながら天井を見上げる健二の顔は嬉しそうに緩んでいる。
(そっか、この人こういうところは好きなんだ……)
多分、今風の新しい綺麗なホテルよりも、少し古いくらいの落ち着いたホテルのほうが好きなのだろう。いつもより楽しそうにはしゃぐ健二の姿に、佳主馬はほっとして顔を綻ばせた。
「ここ、大きいお風呂あるの?」