初恋をつらぬくということ
屋根の下、影の落ちる中にいても、暑い。
まだ蝉の鳴くころではないが、梅雨の合間の晴れの日には暑さを感じるようになった。
神社の拝殿の板張りの床に、坂田銀時は寝ころんでいた。
まぶたは閉じている。
けれども眠ってはいない。
午をすぎてしばらくして、多少の疲れと微熱の宿る十代半ばの身体を横たえているだけだ。
ふと、耳が、境内を踏む音を拾った。
だれかがこちらにやってくる。
しかし、眼を閉じたままでいる。
なんとなく、だれがやってきたのかわかった。
もしそれが外れていても、かまわない。
やがて、割拝殿の土間に、ひとの立つ気配を感じた。
「銀時」
凜とした声が名を呼んだ。
まぶたの裏、真っ暗闇の視界に、その声の持ち主の姿が浮かぶ。
予想したとおりである。
「あー…」
銀時は顔をゆがめて、だるそうにうなった。
それから、身体を起こす。
あぐらをかいた。
少しまえかがみになり、ゆるんだきもののまえから手を差し入れて、肩をぼりぼりとかく。
銀色の癖毛がふわりと揺れた。
一方、声の主は土間から板張りの床にあがり、正面に立った。
その足袋をはいた足の先が、銀時の視野に入ってくる。
顔をあげる。
そこには、桂小太郎がいた。
女性的な整った顔は生真面目な性格そのままにきりりと引き締められている。
桂は床に腰をおろした。正座する。
銀時とはなにもかもが対照的だ。
長く真っ直ぐな黒髪は頭のうしろの高い位置で結われている。
きもののまえはきっちり合わせられ、着崩しているところはどこにもない。
その姿を、銀時は眺める。
「藩校からの帰りか」
「ああ」
桂は肯定した。
わざわざ聞くほどのことではなかった。桂が藩校に通うようになったのはずっとまえからだ。単に、話をするきっかけがほしかった。
銀時は藩校には通っていない。
そんな身分ではない。
たとえば、今、桂は袴をはいているが、銀時は着流し一枚である。
藩校への通学は、袴の着用が義務づけられている。
つまり、袴の着用が認められている身分の者しか入学できないのだ。
桂は名字を名乗り、帯刀することがゆるされている。
だが、銀時の場合、名字は自称で、刀はもらったものを勝手に持っているにしかすぎない。
そんなふうに自分たちのあいだには身分の差がある。
けれども。
「そういえば、藩校でおもしろいことがあった」
ふっと桂の口元がわずかにほころんだ。
藩校であったおもしろいことを思い出したらしい。
「へえ、どんな?」
銀時は先をうながした。
すると、桂は話し始めた。
その話を、銀時はたまに茶々を入れたりしながら聞く。
話の内容はたわいのないものである。
しかし、話をしていて、楽しい。
そこに身分の違いは一切なかった。
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio