彼の声がでなくなる話
日本はちらりとこちらを見た。けれど、いつもの感情を感じさせない瞳はすぐに流れていき、フランスやイギリスの方へともどっていく。
「それでは、行きましょうか。お昼の時間がなくなってしまいますね」
「ああ、そうだな。イギリスも準備できたか?」
フランスに声をかけられたイギリスは、こくりとうなずいてかばんを手に持った。準備はできたということだろう。フランスがこちらにも視線を向けるので、それにうなずくことで準備ができていると伝える。
「じゃあ、行きましょうか」
日本が率先して歩き出し、三人でそろって後を追った。
会議室をでてエレベーターで一階へと降り、正面玄関へと向かってだらだらと歩く。その途中、前から子どもが走って来た。
なんだろうかと見ていると、子どもは並んで歩いていた日本とアメリカの横を通り抜け、後ろにいたイギリスの前で立ち止まる。そしてずいと、手に持っていたビニール袋を差し出した。
イギリスの唇が、シーランドと子どもの名前を呟くのがわかった。けれど子どもはそれに返事をすることはなく、ただただ手に持ったビニール袋をイギリスの前に差し出すだけだ。
首をかしげながらも、イギリスはそれを両手の上に乗せるようにして受け取った。それを確認してうなずいた子どもは、両手を腰に当てて誇らしげな声を出す。
「シー君が、もらったお小遣いで買ってやったんですから、ありがたく食べるですよ!」
言いたいことだけを言って、子どもはぴゃっと逃げていってしまった。
三人の視線を集めていたイギリスが、恐る恐るといった感じでビニール袋の中に入っているものを取り出す。
でてきたのは、アメリカでよく見かけるのど飴だった。
「あー、素直じゃないところがほんと、おまえそっくりだよなあ」
感慨深そうにフランスが呟き、ぎっと眉を吊り上げたイギリスがそんな彼のすねを思いっきり蹴りつける。
悲鳴をあげてうずくまるフランスを無視して、イギリスはのど飴をビニール袋の中にもどし、宝物でも扱っているかのような手つきでかばんの中へと納めた。
それをなんだか微笑ましそうに見ていた日本が、イギリスさん、と声をかける。顔をあげたイギリスにほんのすこし笑いかけ、日本はひとつうなずいた。
「では、そろそろ行きましょうか」
うん、とイギリスはうなずいて、日本とともに歩き出した。アメリカはその後ろ姿を見送ってから、まだうずくまっているフランスを放っておくこともできずに、とりあえず声をかける。
「大丈夫かい、おっさん」
「ほんと、ぜんっぜん、愛が足りないんですけどね! お兄さんに対する!」
そんなこと俺に言われてもと、アメリカは思った。
作品名:彼の声がでなくなる話 作家名:ことは