トラブル・スクエア2
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「ふわぁ……っ」
「珍しいな、門田が大欠伸なんてよ」
昼休みの屋上。日陰の涼しい場所で、静雄と一緒に弁当を食べつつ欠伸を繰り返していた京平は、彼に言われて、つい相手をじっと見てしまった。
「えっ、なんだよ」
「あ……いや、なんでもない」
弁当箱の白飯を箸で口に運ぶ。咀嚼する。飲み込む。
――また欠伸が出た。
「門田、昨日あんま寝てないんだろ」
静雄がにやにや笑っている。そんなこと言ってる静雄も二時限目から授業中に大いびきをかいていたのだが。
「ちょっと考え事していてな――」
「門田にも悩みとかあるのか」
「……無さそうに見えるか?」
「んー。だって、門田ってさ大人っぽいし落ち着いてるし、頭もいいし」
「成績言うなら新羅だろ」
新羅や臨也はどこか頭の作りが違うらしい。真面目に勉強するのが馬鹿みたいに思えるほどフラフラしている癖に、新羅は毎回学年トップ争いしてるし、臨也も波はあるものの常に上位キープだ。
「成績とかじゃなくてよ、なんつーか、気が利くっていうかさー……」
静雄は門田を誉めようとして、しかし語彙が浮かばず言葉に詰まっているらしい。
嬉しくなり、門田は静雄の頭をわしわしと撫でた。くすぐったそうに首を縮める静雄――その首に初めてみる赤いひっかき傷みたいなものを見つけて、門田は目を細めた。
「……静雄、その首どうした?」
「え?」
静雄は肩を一瞬持ち上げる。笑顔が少し強張った。
弁当を床に置いて、京平は静雄に近づくと、正面から見直す。そして、ブレザーの襟元から他の場所に青痣が見えているのに気がついた。
「静雄……おまえまさか」
「えっ……あ、いや……そのっ」
顔を真っ赤にして硬直している静雄。京平は頭に血が上るのを感じた。有無を言わさず、シャツのボタンをいくつか外して肩をめくる。すると彼の体には、右肩一面に広がる青痣、左肩には猫に引っかかれたようなひっかき傷がまだ真新しくついていた。
「! ……あう……」
「静雄、どういうことだ?」
傷の新しさからみて、昨日。もしくは一昨日ってところか。
「い、いや……その」
詰め寄られて、静雄は動揺して目を泳がす。
何があったか大体予想がつくだけに悔しかった。怒りを感じていた。
もう一度大きく問い詰めようと息を吸い込んだその時だ――静雄の視線が京平を過ぎてその背後に焦点があった。
「?」
「……なーにやってんの、ドタチン。さすがに引くんだけど」
臨也。
振り返ろうとして、京平は改めて自分達の構図に気がつく。シャツを半分脱がされた半裸の静雄に押し迫っている自分。――確かに滑稽だ。
しかし恥ずかしがるところではない。静雄から離れて振り返り、京平は臨也を睨みつけた。
「静雄の怪我はお前のせいか、臨也」
「……っていうか、俺の方が結構深手だったんだけど」
臨也は自分の肩を押さえて、はぁ、と溜息をつく。
「シズちゃんに猫を追わせて山の斜面から落っことしたら、その後、暴れる猫を抱き抱えたまま斜面を駆けあがってくるんだからね――。そのあと自転車放り投げられて、危なくこっちが死ぬとこだったんだから」
「臨也! てめぇ!!」
静雄が立ち上がる。それを片腕で制して、門田は臨也をむなしく見つめた。
「……もう静雄を喧嘩に巻きこむな」
なんとなく言っても無駄な気がしたから、声に力も入らない。臨也は臨也で、静雄の気を引きたくてたまらない。――そのことは知っているのだ。
臨也は引きさがらず、ただ楽しそうな顔で京平に問いかけてきた。
「ねぇドタチンはさ、シズちゃんをどうしたいわけ? 無駄な喧嘩はしなくて、授業もちゃんと受けて、おとなしく本を読むような奴にしたいの? でもそれはさ、シズちゃんが望んでることじゃないかもしれない、そう考えたことはないの?」
「……うるさい! 話があるなら後で聞くからもう行ってくれ」
「学校がある限り、シズちゃんと一緒にいるくせに。ひと時だって目を離したくないって思ってるくせに。……そんなに昼も夜も気になっているなら、いっそのこと心も体もつないじゃえばいいのに。シズちゃんだってそういうのを求めてるかもしれないぜ?」
「臨也!! いい加減に!!」
静雄が飛び出してくる。京平はその腕に飛びかかり、両腕で片腕を引っ張った。
臨也の挑発に静雄が翻弄されるのは、自分が馬鹿にされるよりも嫌なことだった。
「いいから……静雄」
「でもよ、門田!!」
「いいから!」
「……へぇ、つまらないの」
臨也は二人が戦意を手放したのを見て、肩をすくめる。そして二人に背中を向けると、片手だけひらひら振りながら去って行った。
「じゃあね、ばいばいシズちゃん。また今夜も遊ぼうね」
「臨也ぁあ!」
悔しそうな静雄の声。しかし京平が怒りを感じるのは、そんな臨也の態度の方ではなく――。どうして静雄は臨也の喧嘩の誘いを受けてしまうかということなのだ。
作品名:トラブル・スクエア2 作家名:あいたろ