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トラブル・スクエア2

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 階段を足早に駆け下り、自分達の教室のある廊下へと着いて歩きだしながら、どうしようもない自己嫌悪と共に、一つの疑問が胸に湧いた。

 ――静雄は俺のこと、どんな風に思っているんだろう。

 門田が静雄を構うようになったのは1週間前。
 二人の喧嘩を仲裁して、静雄の手当てをしてやった時に、このままじゃいけないと思ったのだ。静雄について特別な感情を抱いた――その自覚をもったのもその時で。
 それ以来なんとなく、静雄に声をかけるようになって。
 静雄もまた門田に言われることに素直に従うようになって。
 でも特別な宣言が間にあったわけじゃない。
 臨也ともう付き合うな、とは何度も言った記憶があるけれど、別にそれに静雄が従わなきゃいけない理由とかなくて。無理に門田が押しつけてるだけで。

 ――俺がバカだ。

 胸にまたぐさりと何かが刺さる。
 誰かを思い通りにしたいなんて望むのがそもそもの間違い。
 静雄がなぜ、言う通りにしてくれていたのか分からないけど、それでも他人から指図されて自由を奪われる日常が面白いわけがない。
 もし静雄の立場が、自分だったら――そう思えば簡単に分かることだ。
 ついこないだまで、クラスメイトでたまに話す相手ではあったといえ、何をやっても見ないフリしていた奴が、ちょっと仲良くなったのをきっかけに、授業にはちゃんと出ろ、喧嘩はするな、あいつとは付き合うな的なことを言い出されても、普通ムカつく。

「あーあーあー……」

 歩きながら、自分の髪をぐしゃりとつかんで、自己嫌悪にまみれた自分を自覚する。
 むしろ俺に文句があるのは、静雄の方なのではないか?
 お前何様のつもりだよ、そう思われていたっておかしくない。

「あー……」

 気分が悪い。
 額に手をあてたまま、見えてきた教室に入って、自分の机で突っ伏した。
「おや、ドタチンが凹んでるね。珍しいこともあるもんだね」
 即座に隣に人の気配。同級生とは思えないほど大人びているクラスメイト――新羅だ。
「そういえば静雄は?」
「……屋上に置いてきた」
「ん? そうなの? 何かあった」
「……」
 自己嫌悪。口に出すのも嫌だ。けれど。
「静雄、家に帰ってから臨也と喧嘩してたみたいでさ」
「……あらら。せっかくドタチンが静雄の健常な生活に向けて頑張ってたとこなのにね」
「なんか聞いてたら腹たって残してきたけど――でも、よく考えたら俺の言うことを静雄が聞かなきゃいけない道理なんてないんだよな」
「いやいや静雄は結構、ドタチンが構ってくれて喜んでたと思うけど」
「ほんとに?」
 顔を起こす。新羅は優等生らしい落ちついた澄ました笑みを浮かべ、こくりと頷く。

 新羅はどんな相手とでもすぐに仲良くなれる人懐こい性格で、クラスでも一目置かれた存在だ。しかし話は聞いても、けして相手の領域には深く入り込まない。プロカウンセラーの如き優秀な態度の理由は、彼には既にもう心に決めた相手が近くにいるから、とのことだった。
 ――俺はね、もう運命の相手を見つけちゃったから。その相手と幸せに生きていく未来だけを考えて生きてるのさ。
 なんて、前に言ってたことがあった様な。
 どうやら恋愛を知ってる彼は、恋愛話の聞き役には最適なのか、よく女子の相談にのっている。時には教師の恋愛相談も聞いているそうだ。
 だから、こういう人間関係の相談をするのに彼ほどうってつけの相手はいないことを京平は知っていた。

「うん、嘘じゃないよ。というか、静雄は素直だから気に入らなきゃ従わないだろうし」「……そうなのかな」
 新羅が言うのだから間違いはないだろう。
 そう思うのに、納得しきれないのはどうしてなんだろう。
 難しい顔をしていると、新羅は困った様に肩をすくめた。
「不思議なら聞いてみるのが直接聞いてみるのが一番だと思うよ」
「……そう、かな」
「前に言ってたよね。初恋は成功しないって本で読んだことがあるって」
「ああ……」
 苦く引きずっているトラウマの呪文。
「それってさ、他人との距離の取り方がうまく出来ないってことじゃないかと思うんだよね。相手に自分を好きになってもらうより先に、相手を好きな気持ちのほうが先走ったりして、相手に気持ち悪く思われちゃったらそれで終わり――みたいなさ」
「そういう感じだろうな」
 果たして自分は大丈夫か。京平は心配になる。
 新羅は優しい口調で続けた。
「それって相手が見えてないってことなんだよね。一人で有頂天になっちゃって、相手の気持ちが見えていない。だから目いっぱい傷つく。傷つくのが嫌な人は最初からもう我慢しちゃう。それだってひとりよがりなことだよね。相手のことや相手の気持ちなんか無視して、自分だけで自己完結する。――それがフラれる原因だったり、片思いのままで終わる原因じゃないかと俺は思うんだ」
「……相手の気持ちか」
「だから静雄と話してみるべきだと思うよ」
「そうだな」
 頷いてはみたものの、気恥かしくて、つい髪に手をやってボサボサとかきむしる。
 それを新羅はにこにこしながら見守っていた。

作品名:トラブル・スクエア2 作家名:あいたろ