トラブル・スクエア2
もともと静雄はおしゃべりな方じゃない。
京平も無駄話を聞いているのは嫌いじゃないが、話す方ではない。
だから二人はほとんど話さないまま学校を離れ、国道沿いを歩いて、分かれ道に着きそうになってしまった。
それに気づいた京平は慌てて、隣を歩く静雄に声をかける。
「あ……あのさ、どこか寄らねぇか。ファミレスとか」
「お、おお……いいけど」
「よし」
危なかった。額の脂汗を拭い、今来た道を少し戻ったところにあるファミレスに入った。
静雄はパフェを頼み、京平は抹茶アイスを頼む。
「静雄、甘いもの好き? もしかして」
「えっ。ん、まあ……好きだな」
「そうなのか」
「……変か?」
「そんなことねぇよ」
金髪頭の長身の学生が、背を丸めて、パフェをぱくぱく食べてるのがちょっと可愛いと思っただけだ。
ああそうだ――京平は思いだした。
俺は静雄のこと、良い、と思っている。臨也がどうこうじゃなくて、静雄が好きだ。
その好きがloveなのかlikeなのか、そこは微妙でむしろlikeであるべきとは思っているけれど。
でも、好きだし、好かれたいと思っている。
それを自分に確認して、京平は安堵した。もしも、この気持ちがいつの間にか揺らいでしまっていたりしたら、今までの逡巡など無駄なものになってしまう。
「あのさ、静雄」
「ん?」
パフェに夢中になってる彼に、なるべく穏やかな口調で京平は尋ねてみた。
「俺、ずっとお前にああしろ、こうしろって言うこと多かっただろ。最近仲良くなったばっかりなのに、ウザくなかったか?」
「そんなことねぇよ」
静雄は即座に首を横に振った。
「だって門田は間違ってねぇし。……正直言うと、時々面倒だって思うこともあったけど……それは俺が悪いんだし」
「そうか?」
じゃあ臨也は……と言いかけて、京平はそれを飲み込んだ。
それだけ分かれば十分だ。
臨也のことまで尋ねたら、静雄を責めることになる。
「ああ……だから門田に俺、感謝してるし……その」
パフェに視線を落としたまま、静雄は少し言葉に詰まりそのまま黙り込んだ。
「その?」
促すと、暫く押し黙った後、静雄は京平を見つめた。
「似てるんだ……門田がさ」
「似てる?」
「顔がとかじゃないんだけど……雰囲気がさ」
「誰に?」
「中学の時の先輩」
「先輩?」
そう問い返すと、静雄はもう一度頷いて、恥ずかしそうに頬を染めた。
「!?」
何その反応!? 京平も流石にぎょっとして混乱しそうになる。だがすぐに、新羅と電話で話した時に聞いた情報を思いだせた。
『さあどうかなあ? 中学の頃、静雄、ものすごく懐いてた先輩がいたみたいだし』
ああ、そうそう。
恐らくその人だ、その人。自分に言い聞かせながら、京平は静雄に再び尋ねる。
「その先輩ってどんな人なんだ?」
「……えっ……ああ」
静雄は顔を上げて、京平を見つめると照れくさそうにしながら、小さな声で答える。
「なんてーか……優しくてなんでも許してくれて、すげぇいい先輩なんだ」
思いだしながら、静雄は珍しく饒舌に語り続ける。
「俺、中学の頃、この力のせいで友達全然いなくて、喧嘩売ってくる奴ばっかで、……メチャクチャ嫌な時期があったんだけどさ。……田中先輩と話すとすごく落ちついて……それで今でも時々会ってるんだけど、いつ会ってもニコニコしててさ」
「へえ……」
驚いていた。
静雄がこんなに話すなんて。というより、彼が今浮かべている表情が、京平がはじめてみる表情だったからだ。嬉しそうで、どこかはにかんでいて、なんだかまるで恋している相手の話でも聞かされているようだ。
このままでは話に置いてゆかれそうな怖さもあり、無理やり話に割り込むようにして相槌を打った。
「……その人が俺に似てるって?」
「え。……ああ、なんとなくだけど」
静雄は京平を見つめて、珍しく笑みを浮かべたりした。
(……なんだ、なんだ、なんだ)
胸の中がもやもやとするのを京平は感じる。静雄はその先輩に明らかな好意を持っているようだ。その人はきっと静雄と最高に気があうのだろう。
……なんていうか。
落ちつかない心の置き場に戸惑い、さらに田中先輩の話を続けている静雄の顔を、京平はじっと見つめ続けながら、やがて吐き出すように大きな声で言った。
「行こう!今から」
「? へ?」
「俺を……その田中先輩のとこに連れてってくれ」
「えええっ、なんで?」
「俺も会いたいからに決まってるだろ」
そう言うと京平は即座に立ち上がった。――ここでこうして静雄の惚気話を延々と聞いているくらいなら、その人に会ってみたいと考えたのだ。
会えばきっと何かが分かる――静雄とこれからどうやって付き合ってゆけばいいのか。
静雄にとっても、自分にとっても、不安のない居心地のいい関係ってなんなのか。
作品名:トラブル・スクエア2 作家名:あいたろ