遠い音楽
4.思い
「……イギリス」
「……よぉ、アメリカ合衆国」
俺を見るキミの目は、深い闇の底よりまだ暗い。
大好きだったキミの笑顔は、もう俺の前のどこにも無い。
「……久しぶり、イギリス」
「アメリカ合衆国。用が無ければ、話は会議室の中で」
「イギリス、あのさ、今度」
「悪いが、お前と話すことは何も無い。失礼」
交わらない視線。俺を見ないキミの瞳。
言葉はお互いの肩を通り越して、検討違いの場所へ投げられていくかのようだ。
あんなにつなぎあった手は、もう触れることさえありえない。
「……イギリス」
俺の横を通り過ぎていくキミの肩が、わずかに俺を掠める。
「……っ……」
いつの間にか消えていた身長差。同じ位置でぶつかる肩。
同じ高さで見つめ合えるはずだった視界は、今までで一番近いはずなのに今までで一番遠くに感じる。
「………イギリス」
大好きだよ、と小さく呟くと、乾いた笑いがこぼれた。
この声はもうキミに届かない。あの頃とは違うはずなのに、あの頃と同じだ。
キミに届かなければ、何百回叫んでも、その言葉に意味などない。
「………俺は、諦めない」
俺の背中の向こうに消えていくキミの足音を聞きながら、俺は振り返りそうになる衝動を強くこらえた。
覚悟も決意も、何百回だって決めた。もう、振り返らない。絶対に。
届かない言葉を届けたくて、走り続けた。あの幸せだった甘やかな時間が、星の果てに消えていってしまったとしても。
「……待っててね、イギリス。必ず、そこに行くから」
キミがいるのが、遠い星の彼方でも。例えそれが、何万光年の向こうでも。
縮まらない距離なんてない。星の降るような速さで大人になった俺は、誰よりもそれを知っているはずなんだから。
後悔なんて、ひとかけらだってしない。