君に巡る季節
「緑茶も、お気に召していただけたようですね」
「えっ?」
「とても、美味しそうに飲んでいたようですから」
お茶請けもどうぞ、と、こたつの上の置かれた菓子入りを勧められる。丸い椀の中には、煎餅や羊羹といった和の菓子が、幾種類も盛られていた。
「…いつも、こんな風に用意があるのか?」
一人暮らしの日本が食べるにしては、あまりにも多い。椀の中に盛られているのも、どれも保存のきくものばかりなのを見ると、ほぼ来客用の菓子入れとなっているのだろう。
「最近、家に遊びに来る人も増えましたしね。先日もシーランドさんが来たので、その時にたくさん買い込んだんですよ」
「……シーランドのやつ、日本の家に入り浸ってんじゃないだろうな…」
椀の中から、醤油煎餅を一つ取り出す。パリン、と乾いた音を立てて割り、緑茶と一緒に食べるのが美味いと思う。
「入り浸るという程ではないですけど、年寄りの一人暮らしを侘しく思ってくれているのか、よく顔を見せに来てくれますよ」
弟のシーランドが、やけに日本に懐く。他の連中と違って、優しくしてくれる日本を好いているのであろう事はわかるが、生意気なあの弟が自分の知らぬところで日本といることを思うと、あまりおもしろくはない。
「次来たら追い返していいからな」
「そんなこと、私がすると思いますか」
「…じゃあ、俺が来ないように言えばいいな」
「それで来なくなるような方でしょうか」
「……あのガキ…」
日本がシーランドを邪険に扱うような事は確かにないだろうし、自分が何を言ったところでシーランドがそれを受け入れるはずがないことも十分にわかっているから、余計に腹立たしい。
「その煎餅」
「あ?」
「イギリスさん、前にいらした時にとてもお気に召してましたよね」
「あ、あぁ…美味いよな、これ」
「シーランドさんも、同じものを美味しいと言っていましたよ」
「あぁ!?」
「やはり、よく似ていますね」
「あのなぁ、日本…」
あの弟と似ていると言われても、全然嬉しくない。
「あいつと似てても、嬉しくないぜ、俺は」
「でも、イギリスさんだって手を焼いているだけで、嫌っているわけではないでしょう? シーランドさんのことは」
「そりゃあ……バカなことばっか言ってるけど、弟だしな」
「ほら。イギリスさんが本当に嫌いかなんて、すぐわかりますよ」
言いながら、日本も椀の中から菓子を摘み取る。羊羹を二つ選んで、一方をイギリスへ渡した。
「うぐいす餡、といいます。まだ食べたことがないなら、きっとお好きな味だと思いますので、どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
「あと、よかったらこれも。甘納豆、というんですが、お口に合うと思いますので」
「あ、あぁ……」
次から次へと菓子椀から菓子を出され、イギリスの前に並べられていく。
イギリスは、出されたものを手前から一つずつ口に運んでいった。
「美味いな……うん、これも、これも好きだ」
用意された菓子はどれも美味しく、外国人の自分の口にも合うものばかりだ。
甘味に偏ってきた舌を目覚まそうと湯のみに手を伸ばすと、いつの間に注いだのか、飲み干していたはずの湯飲みに湯気が立っていた。茶が、注ぎ足されている。
「…日本……?」
あまりの手際のよさに驚いて、イギリスは日本の顔をまじまじと見た。日本は、こらえていたおかしさをようやく開放したような顔で笑う。
「な、なんだよ。なにがおかしいんだよ」
「いや、イギリスさんの驚いたような顔がおかしくて…」
「驚くに決まってるだろ。日本はエスパーなのかよ? なんで、こんなに色々と手際がいいんだよ。出された菓子だって俺の好きなものばかりだし、なんで俺が好きそうとかわかるんだ?」
前に食べて気に入った煎餅を覚えていたのはわかる。でも、好きそうな菓子とか、気に入りそうな味とか、飲もうと思った時に注ぎ足されているお茶なんかは、納得がいかない。
「俺の心が読めるんじゃないだろうな…?」
「いえ…あいにく、私は超能力者ではないんですけども」
「じゃあ」
「わかりますよ、イギリスさんのことなら」
語尾を強調して言い、ゆっくりと呼吸を吐く。
「素直じゃないことを言われても本当の気持ちは伝わりますし、嫌いそうにしていても本当は好きなのも知っています。好きそうなものや、お茶を飲む速さだって、私にはわかりますよ」
日本は、イタズラが見つかった子どものような目をして、少しだけ照れくさそうに頬を染め、緩やかな声で
「言ったでしょう? 好きなものはよく見ているから、って」
と、ふわりと花のように微笑んだ。