幽霊アパート。
ころころと持ち主が変わる、俺の居場所。
今度の部屋の主は、いつもと違った。
俺が声をかけても聞こえない。触れても気付かないから、驚いたり逃げたりしない。
その鈍感っぷりには、心の底から驚いたけど。
「あー、良い湯だった」
「それはよかった。シズちゃん、ご飯出来てるよ。今日はねー、シズちゃんが好きなオムライスとハンバーグ!」
「……ンでメシが出来てんだ?さっきまでは、なかった…よな?」
どうしたら気付いてくれる?と世話を焼き始めた俺に、彼は"よく分からないけどありがたい"と笑ってくれる。
鈍感を極めたのか、もしくは大物なのか判断は出来ない所も(恐らく、前者だと思うけど)俺は嫌いじゃない。
シズちゃんの背中にギュっと抱きついて、俺にはない温もりを感じる。
あったかいね。シズちゃんは、俺と違って、すごく暖かい。
「……シズちゃん」
「お、涼しい」
へらり、とまた機嫌よく笑う顔
その顔が好きで堪らないくせに、俺は最近この顔が憎らしい、とも思ってしまうようになった。
「―――気付いてよ。ばか」
なんで君は気付かないのかな。
俺が死んでるからだ
なんで俺は死んじゃったのかな。
俺が面白い事を我慢できなかったから
なんで俺は――
「君なんかが、好きなんだろ」
ぐすっと、格好悪い音を立てながら俺はシズちゃんをギュウギュウと抱きしめた。
どうせ気付かないんだ。これくらい、好きにさせてもらっても構わないだろう。
「あー、あれだな。涼しいのはいいけど。ちょっと苦しいな」
首に絡まる俺の手を、振りほどいたシズちゃんが
ジっと俺の顔を見つめていた。
ちょっと待って…なんでシズちゃんが俺に触れるの?
なんで、シズちゃんが、俺の声を聞いてるの?
「ふぇ?」
疑問はただのマヌケな声にしかならなかった。
でも、シズちゃんがふむ、と一つ納得したように頷くものだから、ますますこちらはワケがわからなくなる。
「へぇ。お前がトムさんが言ってたユーレーか。初めて見た…ンで、泣いてんの?」
「君こそ、なんで俺が見えっ…み、見えるん、だよね?」
「おお。…つーか、泣くなよ。俺が泣かせてるみたいで後味悪ぃ」
シズちゃんは困ったような顔で、俺の頭をギュっと抱きこんだ。子供をあやすみたいに、ポンポンと頭を撫でられて居心地が悪い。
「……俺、シズちゃんより年上なんだけど……」
「今は泣いてるただのガキじゃねぇか。………って、シズちゃん?まさか俺の事、か?」
「シズちゃん、ムカつく。決まってるじゃん。今更気付くとか…ひっく、…シズちゃんの、バカ…ぐすっ」
「ああ!面倒だなテメェは。泣くか怒るかどっちかにしろ!あと、その呼び方はヤメロ」
「気付くの遅いんだよ。ばーかばーか。シズちゃんのばーか…っく…」
どっちかにしろと言うから、怒る方を選んだつもりだったけど、涙は止まらないんだから仕方ない。
てか、泣くなんて…どれくらいぶりだろう。殺される前だって、俺は多分泣かなかった。泣いて弱る所を誰かに見せる自分なんて、想像した事もなかったというのに。
「ったく、ホント面倒だな。借りが無かったらぜってぇブン殴ってるぞ」
「………借り?」
涙でブレた視界だったけど、そこには相変わらず困ったシズちゃんが、照れるように頬を掻く姿がよく見えた。
「……………風呂とか、メシとか…あと、寝坊しかけた時に起こしてくれたのもテメェだろ」
ポカンとする俺に、シズちゃんの手が優しく下りてくる。
「…ありがとな。すげぇ、助かった」
誰かに気付いて欲しかった。
俺を真っ直ぐに見る人に、会いたかった。
生きている間にさえ出会えなかったそんな夢を、俺はずっと、持ち続けていた。
「シズちゃんっ…」
「あ?――っ…!いきなり抱きつくな!」
「シズちゃん、シズちゃん…」
「…………なんだよ」
「……ありがとう」
俺は、此処にいるんだって。
俺は、この世界にまだ居るんだってわかってくれて。
「…気付いてくれて、ありがとう」