南ちゃんではないけれど
霜月の選手たちが守備につくのをぼうっと眺めていると、聞き覚えのある声がサンジの名前を呼んだ。
「ああ、やっぱりサンジだ! へえ、試合見にきてんだァ」
「ウソップ……お前ウソップか!?」
「そうだよウソップ様だよ! なんだ、てっきりお前は野球に興味ないって思ってたぜ」
よ、とサンジの横に座ったのは、ゾロと同い年のウソップだ。会ったのは3年ぶりだが、小学生のころから変わらない長っ鼻ですぐにわかった。ウソップは小学校、中学校とゾロと同じ野球チームに入っていて、ゾロと連れ立ってなぜかサンジの家にも来たことがある。
「お前も野球続けてんだっけ?」
「あー……続けてたんだけど、2回戦で負けちまってさ。今は受験勉強漬け。今日も補習終わってから来たんだ」
「ゾロの応援に?」
「まあな」
ウソップの昔と変わらない心安げな話し方が、サンジの心にゆっくりと温かな懐かしみを広げていく。昔からサンジは野球に興味がなかったけれど、ゾロとウソップと連れ立ってバッティングセンターに行ったこともあったっけ。
「てことは、サンジもゾロの応援に来たんだ? へー」
「んだよ」
ニヤニヤ笑うウソップを小突けば、ヒャヒャ、と笑い声が返ってきた。
「や、昔と変わんねえと思ってさ。お前らって、憎まれ口叩き合ってるくせにお互いのこと大好きなんだもん」
「だっ」
「子供心におもしろくってさあ」
横で顔を赤くしているサンジには気付かないのか、ウソップはニコニコとサードで腰を落とすゾロを眺めている。
ウソップの言う『大好き』は当然幼馴染、友人としてのものなのだろうけれど、まさか言えるはずもない。その大好きが嵩じて、自分は毎週手作りの差し入れをせっせとこしらえていることも、最近「好きすぎて不安」なんて少女漫画みたいな気持ちになっていることも……。
「お前ら、まだ仲良くしてんだなァ。俺、ゾロの名前新聞で見て懐かしくってさ。また遊びてえなあ」
「今度3人でどっか行くか?」
「いいね、駄菓子屋とか?」
「バーカ、小学生じゃねえんだぜ」
「昔よく行ったよな、『そら屋』。まだやってんのかな」
「さあなァ、あそこのババア俺たちが小学生だったころからババアだっただろ」
「確かに」
意外と人見知りなところがあるサンジだけれど、懐かしさからかウソップの気さくな口調からか、まるで昨日会ったばかりのように会話は進み、
「お、三者凡退」
気が付いたときにはチェンジとなっていた。
「来たぜ、――『4番サード、ロロノア・ゾロ君』」
ウグイス嬢の声に合わせて冗談めかしてウソップが言うと、途端に応援団もゾロの名前を叫びはじめた。
「ホームランホームランロ・ロ・ノ・ア! 一発かましたれっ!」
直後に流れたメロディーに聞き覚えがなくてぼんやり耳を傾けていると、「すげ、プロの応援歌だ」とウソップが呟いた。
「ホームラン、かあ。ゾロは期待されてんなあ」
「そうなのか?」
「なんだ知らねえのかよ。ゾロって結構注目されてんだぜ。何回かスタンドにも放ってるだろ?」
訝しげな顔をするサンジに、ホームランってこと、と笑いながらウソップが付け加えた。
「それってすげえの?」
「なんだ、やっぱり突然野球好きになったってわけじゃねえんだなァ。結構すごいと思うぜ、うちの監督も褒めてたし」
「マジで?」
そういえば応援団の女の子たちもゾロのことを言っていたな、と今更思い出す。
「始まるぞ」
ピッチャー、振りかぶって第一球。
「お、クソボール」
サンジでもわかるほど球は外れて、スクリーンの『B』のところにひとつランプが点いた。
「もしかして敬遠ってやつ?」
「や、それはないと思うけど……でも多少相手がびびってんのかもな。さっきの打席は初球からポンポンストライク入ってたみたいだし」
「ふーん……」
ホームランホームラン、ロロノア。
なんだか照れくさくて、一緒になって掛け声を上げたほうがいいのだろうか、と思いながらもそれはできない。ただ、さっきまでプレッシャーでしかなかった応援団に急に親近感を感じ始めるのだから、現金なものだ。
「あっ」
「あっ……」
カキン、とボールが高く上がって、ウソップもサンジも思わず白球を目で追いかけた。それは高く高く上がって、『B』がひとつのスクリーンを目がけて……
「――あー、やっぱ足りないか」
スポン、と相手の外野手のグラブに納まった。
「風があったら行ったかもなあ」
アウトのランプがひとつ付いて、一塁から戻ってくるゾロをサンジはじっと見つめた。3つも年下のゾロが、今は妙に大人びて見える。
(……ガキだと思ってたのになァ)
いつのまにか背も追いつかれて、筋肉なんかサンジより余程付いている。ウソップとの思い出話のせいで余計にそう思うのかもしれないけれど、なんとなく、サンジは呆然とした気持ちになった。どうして時間はあっという間に経ってしまうのだろう。
どうして、いつまでも駄菓子屋で騒いでばかりの子供でいられないのだろう。
試合は案外早いペースで進んで(もっともサンジにはペースの基準などわからないから、ウソップが言うには、だけれど)、8回の表までにゾロには3回打席が回ってきて、そのうち2回はヒットを打ったけれど、霜月高校の得点は0のままだ。
ただGL商の方もそれはあまり変わらず、何度か走者を出したもののやはりこちらも得点は0。サンジの背後にいるオッサン連中が「霜月よく守ってんなあ」と言うのが聞こえたから、健闘しているのだろう。
「よく……やってんのかな」
「すげえよ。GL相手に0行進って、なかなかないぜ」
「そうなのか?」
ウソップはわりと説明したがりで、サンジが首を傾げるたびにあの選手はミートがうまいんだとか、GL商業は守備はそこそこだけど打撃は全国でもトップレベルなんだとか、いろいろと解説をしてくれた。ウソップがいなければサンジは居眠りを始めていたかもしれない。
「でも、霜月のピッチャー、頑張ってるけどそろそろヤバいかもな」
「ヤバいって……」
「霜月は投手足らねえからさ、エースのコーザは1回戦からぶっ通しで投げてるんだよ。今日は投球数あんまり多くないけど、かなり疲れは溜まってるはずだぜ」
「そうなのか……」
GL商業の応援団は、甲子園の常連というだけあってかなり賑やかだ。タッチやアッコちゃん、ポカリスエットのCMソングなど、よく聴く曲に合わせて1塁側をいっぱいに埋めた応援団が大声を張り上げている。男子校ということでチアリーダーはいないが、その分歓声に迫力があって観客席のサンジですら気圧されそうだ。
「……なあ、正直なとこ、勝てると思うか?」
駄目だ、と思いつつサンジは思わずそう尋ねていた。喫茶店でたむろしていたオッサンたちにも、聞きたくて聞けなかった。なんとなく、感じているのだ。
「……俺は、勝ってほしいと思ってるよ」
ウソップの曖昧な返事を、サンジは責められない。
そんな観客2人、いや、あるいは観客全員の気持ちを表すかのごとく、カキン、と軽快な音が球場中に響き渡った。
*
3点。
サンジからしてみれば、まさしくあっと言うまに入った点数だった。
作品名:南ちゃんではないけれど 作家名:ちよ子