庭園と煙草
指の先で遊ばせた煙草が静かに紫煙を立てる。灰色の空に溶け込んでいく其れを追って意識も遠くに向けたその隙を突いて煙草を取られる。眉間に皺を寄せ睨んだところで上司にはなんの効果も上げられない(そういえば、出逢った頃ですら、サキはシュウの睨みに何の反応も示さない希有な人間だった)事を知りつつも、何の意思表示もしないのは不本意なので、じっとりと睨み付ける。意にも介さず、勝ち誇るように上体を逸らせて顔を上向きにして煙草を吸う姿は非常に不快だ。
一呑みしかしていない其れに特に感慨はなく、もう一本、と火を点ける。
「シュウの煙草が消えたら戻ろう。明日以降の打ち合わせもあるんだろ?」
「……あぁ、」
言いながら煙を吐き出す姿は先ほどのサキに似ていて、そういえばサキが煙草を初めて吸った物は自分のだったと思い出す。
「誰が来るの?」
「アップルとセイ殿と、それからまぁ当たり前だがレパント殿とシーナ、シルバーバーグを代表して兄弟が揃って出席するそうだ。まぁトランの関係者は大体顔を出すだろう。最低百八人か。さぞや騒がしいだろうな」
「さすがにあの狸ジジィは来ない訳ね」
声を殺して笑うサキに同意するようにシュウも静かに口の端を持ち上げた。
「あぁ、それから。喜べ、ビクトールとフリックも来るそうだ。というかルックに引っ張られてきたらしい」
悠々自適な旅の途中、あの風の御子が急に現れるのはさぞや恐ろしいだろう。同情するように煙草を軽く掲げてまた一呑み。傭兵二人の名前は効果があったのだろう。急に態度が変わり振り向いた。
「あの二人も来るの!?」
「あぁ」
やはり恩のある人間が来るというのは、如何にサキであれ嬉しいらしい。シュウもまた、ビクトールには直接命を助けられた経験がある為、表情を緩ませる。
「よっし。今度こそ酔い潰してやる!もう邪魔しないでよシュウ」
「…………」
笑顔の侭に凍り付く。自分の抱いた感傷は一体何だったのであろうか。否、自分だけは彼らに対する恩を忘れないでおこう。放っておいてもサキが二人を酔い潰して酒代を奢らされる位だ。ザルどころかワクと噂されるサキがどれほど呑むのかは分からないが取り敢えず気持ちだけ感謝しておいた方が無難という物だろう。それに、向こうで滞在するのは縁のある家の予定だ。そうそう問題は起こすまい、というか起こす事を許されないだろう。