愛に生きて
「けーん。権!!どこだ!!」
口元に右手を当てながら、すぐ下の弟の名を呼ぶ。
名は権。字はまだない。
そう、俺の兄弟はまだ字をつけられないほどに幼い。それでも俺は、いつでもすぐ下の弟だけは一人前として扱っていた。
七つも年が離れてはいたが、初めてできた弟だったし、何よりこいつは多分、俺の奢りじゃなかったら、この世で一番俺を好きだった。いっぱい弟が出来たけど、
こいつだけは俺の特別だった。
「けーん。どこだー!!」
名を呼びながら出た中院には、もう微かに梅の香が香り、初春の空気の温みが頬を撫でた。
ふと、顔に誘われるように目をやった梅の根元の屋根の影に、小さな瘤が出来ているのを見つけて、俺はちょっと大げさにため息をついた。
「権。呼ばれたら返事くれえしろよ。それとも、兄上のこと、嫌いになっちまったのか?」
わざと沈んだ、嘆かわしそうな声で言えば、あっという間に瘤が起き上がって声を上げる。
「そのようなことは決してありえませぬ!!」
見上げると案の定そこには、今にも泣きそうな顔で権がいきせきっていた。
幼いまろみを帯びた頬は、心外なことを言われたからだろうか、興奮に赤く染まっていた。それが可愛らしいやら、可笑しいやらで思わず吹き出すと、
今度は餅のようにその頬が膨らんだ。
「兄上!!謀りましたね!?」
「謀ってなんかいやしねーよ。それよりお前こそ、呼んでんの聞こえてたら、返事位しろよ。」
言いながら俺も、屋根の上へと登る。お袋に見つかったら後が煩いが、そのときはそのときだ。何より、やつを見つけ出すように頼んだのはほかならぬおふくろなのだし。