愛に生きて
俺たちはしばらくそのまま、春が近いことを告げる風を受けて黙り込んでいた。
すると、権はおずおずと俺に尋ねてきた。
「兄上…兄上は先ほどのことをお叱りに来たのではないのですか…?」
「んー?なんでだ?」
「…翊を叩きました…」
「うん。たたいたな。」
「…弟を叩くのは、いけないことです…。」
「うん。いけないな。」
「…お叱りにならないのですか…?」
「権が悪いことってわかってんなら、言うことは何にもねぇよ。」
悲しげな青空がこれ以上曇るのを見ていられず、そのやわらかい髪を俺は乱暴に撫でた。
嬉しげに目を細める顔に、ちょっとほっとしつつも、今度は少し真剣にたずねた。
「ただな、権。お前、最近少し変だぞ?」
「…変…ですか…?」
「わかってねぇのか?普段のお前だったら、翊のあんな言葉でおこりゃしねぇだろ?お前、最近、何にいら付いてんだ?」
「……。」
図星を突かれたのか、権は又、うっつりと黙り込んでしまった。
正直、困った。
権はすげえ俺のことが好きだけど、俺も権が好きだけれど、一つ困ったことに、権ほどに俺は頭が良くないのだ。
多分俺が何かで悩んでいたら、こいつはすぐにその理由を分かってくれる。そしてきっとこいつなりに最良の選択をしてくれるだろう。
けれど、俺は頭が悪いものだから、何にこいつが悩んでるか、ここやって直接的に聞き出すしか能がないのだ。
こんな聞きかたされちゃあ、誰だって言いたくなくなるのは分かっているが、こういった聞き方しか出来ないのだ。
「なぁ、権。兄ちゃんにちっとぱかり聞かせてくれよ。な?」
「……。」
「権がそんな顔してんの、俺、嫌なんだよ。」
「…ごめんなさい…。」
「あやまんなよ。権が悪いわけじゃないんだから。」
苦笑いして又髪を撫でてやると、まん丸に見開かれた目から、ぽろん。と水晶玉みたいに涙が落ちた。
「なくなよー。俺が泣かしたみたいじゃねぇか。」
「…兄上… ごめんなさい…。」
「お前は悪くねぇって。」
「違います…。権は、ほかのことで…兄上に謝りたいのです。」
「なんかしたのか?」
「いいえ。逆です。何も出来ないから、謝りたいのです。」
「わりぃ、権。兄ちゃんにも分かるように説明してくれや。」
権はこうやって話している間、ずっと、苦しいような、切ないような、絶望を見てしまった顔をしている。
それが見てられなくて俺は、屋根の上に上体を起こすと、小さな軽い体をすっぽりと抱きかかえるようにした。
権はされるがままに、腕の中からくぐもった声を出して、ポツリポツリとしゃべりだす。