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レッドとグリーンとゴールドのはなし。

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ふたつ、レッドのはなし。




「負けた…」

 吹雪の音に全てが呑み込まれ、消えていく。
 立っているだけでやっとというほど過酷な環境の、シロガネ山。
 ジョウトとカントーのバッジを揃え、オーキド博士に認められた者のみが入れる危険で美しい山だ。

 その最深部で、カントーポケモンリーグチャンピオンである“伝説の”レッドは生活していた。

 数年ぶりに現れた挑戦者は、レッドのピカチュウを前に大敗した。
 それでもここまでピカチュウが疲弊しているのだ、このトレーナーは結構な腕を持っているのだろう。
 今後の成長が楽しみになるようなトレーナーと出会ったのは久しぶりで、レッドの心の奥で燻ぶる小さな炎が揺らめいた。
 まあ、今の段階ではレッドの相手にはならない。

 しかし、それにしても、だ。
 この少年以上に、レッドには気になることがあった。

「……ポケモンリーグに?」

 呆然としている少年に問えば、彼は(ゴールドと言うらしい)慌てて姿勢を正した。どうやら自分に話しかけられていると理解するまでしばらくかかったらしい。意味の分からない言葉を何度か発し、深呼吸して、やっとレッドの問いに答えた。

「ちょ、挑戦しまし、た。で、勝ちました。……一応」

 一応って、なに。少年はなぜだか涙目になっている。雪が目に入ったのだろうか。帽子のつばを前にすればいいのに、と心中で思いつつも、レッドは取り敢えず頷いて見せた。

「トキワのジムリーダーは、だれ」
「え、そりゃ、グリーンさんですよ?知らなかったんですか、レッドさん」

 少年は首を傾げた。どうやら落ち着いてきたらしい。でもむしろ、首を傾げたいのはこちらだ。
 なんで自分の名前を知っているのかとか、どうしてグリーンに勝ったのか、とか。

 そう、なぜ、グリーンが。

「きみ、グリーンに勝ったの…?」

 それは純然たる疑問だった。
 最初、トキワジムのリーダーが変わったのかと思った。だが、そうではないらしい。

「はい。強かったですけど…なんとか、普通に」
「普通に?」

 ふつうに。
 いま、レッドには全く理解できない言葉をこの少年は吐いた。
 
 普通に、なんだって?
 グリーンが“普通に”勝てるような相手ではないのは己が一番良く知っている。(知っていた、かもしれない。)この少年が、あのグリーンに勝ったと。

「ありえない」

 誰に向けた言葉でもない、レッドの口からは、自然とその言葉が零れ落ちた。

「え、」
「ありえない。お前如きが、グリーンに勝つなんて」
「なっ…!」

 少年を侮辱する気など全くなかった。それでも、言葉は止まらなかった。
 何年かぶりにこんなに喋って、自分の声帯は壊れてしまったのだろうか。いや、そうじゃない。だって、グリーンが。グリーンは…、

「……あいつは、リーグチャンピオンだったんだ」
「知ってますよ。でも、四天王のが強かったです。嘘じゃありません!」
「嘘だ」

 少年はレッドの言葉に気分を悪くしているようだったが、それを上回る勢いで怒りを露わにしたレッドを前に、一歩後ずさった。驚きの余り、目を見開いている。まさに一刀両断。少年の言葉は、レッドの言葉にぴしゃりと掃いて捨てられた。レッド自身、誰かにこんな風に対したのは生まれて初めてかもしれない、と自分のなかの冷静な部分で考えた。それぐらい、困惑していた。


「あいつは、グリーンは、僕に一度だけでも勝ったのに」


 史上最強のチャンピオン、生ける伝説のトレーナーである、マサラタウンのレッド。
 彼の幼馴染で、元チャンピオン。カントー最強、トキワジムのジムリーダーグリーン。

 そのグリーンは、伝説に一度勝利した。

 レッドが吐き捨てた言葉の意味を理解したとき、少年のなかに在った“トキワジムのグリーン”は跡形も無く消え去った。