レッドとグリーンとゴールドのはなし。
よっつ、レッドのはなし。
僕はこれから、逃げていく。それは多分、周囲の現実全てから。
ジムリーダーとポケモンリーグを制覇した。チャンピオンのグリーンを倒した。他地方のジムリーダーを倒した。リーグも制覇した。チャンピオンを倒した。……そして、何をすればいいのか分からなくなった。
気づいたときにはもう遅く、完全に進むべき道を見失ってしまっていた。
よく考えると、チャンピオンになるというのは、グリーンに啓示された道だったのかもしれない。グリーンがチャンピオンになると言った。一緒に目指そうと言った。だから、それが僕の夢になっていた。すり替わっていた。多分、そうだったように思う。
グリーンはいつだってちゃんと、自分の道を歩んでいた。自分で選択して、進んでいた。真っ直ぐに、ひたむきに。
彼はチャンピオンの座を俺に奪われたのち、トキワジムのジムリーダーになった。それと同時に、研究者にもなったらしい。じいさんの研究を絶やさないため、とか言っていた。本当に、しっかりしている。いつだってどこに立っていればいいのか分からない自分と違って、彼は自分の立ち位置をしっかりと理解しているようだった。
「お前、前より強くなってんのな。くそー、また離されたか!」
離されたって、なに。
僕とグリーンの立ち位置が一緒だったことなんて、一度だってない。俺はいつも彼の後を追っていた。追い越したら、道を見失ってしまった。それなのに。
「…グリーンは、強くなった」
「俺が?そうかぁ?」
ポケモンバトルの強さだけを言ったのでは、ない。いろんな意味で、しばらく見ない間にグリーンはもっと強くなっていた。ああ、これではもう、絶対に追いつけない。
ポケモンリーグでグリーンに勝ったあの時、博士が言った言葉は嘘ではないのだと思う。けれど、その後グリーンは変わった。前よりも穏やかになった。前よりも優しくなった(人とポケモンの両方に)。そして色んなことに、敏くなったのだろう。
今のグリーンは強くなった。そう、そのはずなのだ。博士が言う“強さ”を、彼はもう充分に身につけている。ではなぜ、僕はそんなグリーンに勝つことができるのだろうか。
「俺の望みのなかで叶いそうにないのは、お前に勝つことだけだよ」
それが彼の望みなのか。
自分が人の感情に疎いことは、一応理解していた。だから、グリーンの望みが何かなんて知らなかった。
今日、僕は別れの挨拶の代わりとして、グリーンとバトルをしにきたのだ。
もう疲れた。
毎日をくだらない賞賛のなかで生き、意味の見出せないバトルをすることに。
だから、誰とも関わらないでいい場所に行こうと思った。全てを捨てて、逃げ出すのだ。自分と、ポケモンしかいない空間へ。
そして僕は、明日はグリーンの誕生日なのだと、さきほど母親から教えられた。そんなことはすっかり忘れていて、それ以前に何をすればいいのかも分からなかった。だから特に何をすることも無く、明日の出発に向けて荷造りをした。
僕がグリーンの夢を奪ったのに、明日には、チャンピオンの座を放り投げる。そのことへの、せめてもの謝罪になるならば。
「じゃあ、明日の朝もう一度バトルしよう」
明日、僕はグリーンにプレゼントを贈ろう。不器用だから、上手くできるかは分からないけれど。
作品名:レッドとグリーンとゴールドのはなし。 作家名:神蒼