レッドとグリーンとゴールドのはなし。
いつつ、グリーンのはなし。
「は……」
唇が、歪んだ。笑おうとして失敗した。
レッドの出した最後の一匹、ピカチュウが地面に伏している。その力無い体躯をそっと抱き上げ、レッドはピカチュウを抱きしめた。何事かを呟いたようだが、余りにも小さい声で俺には聞こえない。
レッドとは何度も戦ってきた。接戦のときもあれば、完膚なきまでに叩きのめされたこともある。けれどどちらにしろ、俺は一度としてレッドに勝てたことがなかった。そして恐らくそれは一生続くのだろうと、薄々分かっていた。
けれど、負けると分かっていたとしても。それでも俺は、レッドと戦いたかったんだ。今までもこれからも、ずっと。他の誰と戦うよりもレッドと戦うのが一番楽しい。レッドもそう感じていると、うぬぼれかもしれないけど思っていた。それがライバルという存在なのだと、思ってたから。
俺はレッドのライバルであると公言できる自分を、誰より誇りに思っていたんだ。そしてそれと同じくらい、ライバルである俺ですら適わないレッドという存在を、幼馴染として誇りに思っていた。
こいつは、俺が気づかないとでも思ったのか。
不自然だとは思っていた。バトルの最中はそっちに必死だから、結論を出せなかったけれど。
今日のレッドはおかしい。いつもならしないようなミス、いつもより僅かに遅い指示。いくつかの不自然な偶然によって、俺は初めてレッドに勝った。
こいつも人の子だから、体調が悪いとかいうこともあるかもしれない。驚きはすれど、“本当にそうだったのなら”、俺はそうやって考えることができただろう。「万全じゃない状態で俺様に勝てると思ったか!」と一笑してやったかもしれない。
でも今日のバトルの結末は、明らかにレッドの計算によるものだ。他の誰も気づかない。けれど、ずっとレッドの影を追っていた俺にだけは分かる。そうだ、俺だけが、分かるのだ。
バトルに負けたというのに、何の感情も浮かばない、顔。
俺はレッドと何度も戦って、何度も負けた。そのときの悔しい思いは俺の糧になっているけれど、バトルに負けた瞬間の悔しさは今も変わらない。負けたら、悔しいんだ。バトルに誠実であればあるほど。
そしてポケモン馬鹿で人間付き合いが下手くそだけど、こいつはバトルにはいつだって正直だった。誠実だった。レッドの感情が一番よく分かるのが、ポケモンバトルだった。それなのに。
「……もう、いい」
こいつは俺を憐れんだのだろうか。チャンピオンの座をあっさりと奪われ、ジムリーダーに収まった俺を。一度としてレッドに勝つことのできない弱い俺を。可哀想に思ったのか、それとも蔑んだのか。わざと負けることで、情けをかけたつもりなのか。
おれはもう、レッドにとってその程度の価値しかないのか。
ずっとレッドを追っていた。その高みに追い付くことはできなくとも、近づけるとは思っていた。それなのに、俺は他ならぬレッド自身に否定されたのだ。伸ばした手を、踏みにじられた気がした。レッドは俺に、最悪な形で絶望を押し付けた。
「お前の顔なんて見たくもない!」
叫んで、レッドに背を向けて走り出した。その俺に、レッドは何も声をかけなかった。
俺たちの関係が、こんなにも薄っぺらなものだったなんて。ずっと、気づいていなかった。
俺の夢は砕けて消えた。もうどうでもいい。俺は、他の誰かの希望通りの俺として生きてやろうじゃないか。分相応に、トキワジムのジムリーダー、グリーンとしてだけ。
もう一生、本気でバトルなんて、するもんか。
作品名:レッドとグリーンとゴールドのはなし。 作家名:神蒼