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クラウス オールマイティ

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 いやな予感がした。そんな目の前の主人の心情に気付かない執事は嬉しげに声を弾ませる。
「いいえ。久しぶりにご主人様のお顔を見たいとおっしゃっておられましたよ。今からスイスを発たれるとのご連絡でした」
この家に主人が二人揃うのは彼にとって喜ばしいことらしい。采配の甲斐があるのだろうし、なんと言ってもスイスにいる方の主人との付き合いは長いのだから、自分よりなにかと心得ているのだろうと少佐はわずかに鼻を鳴らした。
しかし厄介だ。顔を合わせるとなると長話からは逃げられず、しまいには自分と同じ年には結婚していて階級も上だったとくるに違いない。
ひとりで食後のコーヒーを啜りながら、なんとか顔を合わせずに済む方法を思案していると、さっきとは打って変わって執事がしゅんとして戻ってきた。
「またお電話がありまして、急なご用事ができたそうです。ご主人さまによろしくと…残念です」
あの父が予定を変更するとは珍しいこともあるものだ。
「おかわりはいかがですか」と訊いてきた執事に、少佐は「ああ」生返事をした。
 通勤の足は自ら運転する車だ。自宅からNATOボン支部のビルまでの道路は今日はやけに空いていて、信号にもただの一度も捉まらずに少佐は爽快な走行を楽しんだ。毎日こうだったらいいのだが。ただし、反対側の車線がやけに混んでいるのが印象的だった。 
 ふと、昨夜の部長の世迷言が脳裏に甦った。
『君の願いはなんでも叶ってしまうのだ。ただし、この世界のあらゆる物事は常に一定の比率が守られなければならない』
 …まさか。
 NATOビルに着き、いつものパーキングに駐車した。少佐はハンドルにもたれつつ、それよりも覚悟することがあると思いなおした。
今日は5月15日。己の誕生日だ。
 それにかこつけて騒ぐ人間がここにわらわらと集まる日なのだ。なぜだかそう決まっている。




 車窓を流れる景色が遠くにかの大聖堂をかすめながら、車はケルン・ボン空港へ向かっていた。
 まさしくドイツ・シェパード出没の危険地域。ハンドルを握るボーナム君は常より少々飛ばし気味だった。仕事が終わった今、早くロンドンに戻りたい一心か。
「君はずっと心配していたようだけれど、少佐の介入なんてなかっただろう?」
 後部座席のドリアン・レッド・グローリア伯爵は今回の戦利品である幾多の宝石の中から緑の一つを指先に取り、朝の陽光に昏く輝く鮮やかさを見つめながら、機嫌よく微笑んだ。
「いつもいつも少佐が絡んでくるわけないじゃないか」
 仕事は拍子抜けするくらい簡単に終わった。
あらかじめ作らせていたレプリカとの交換も成功した。まばゆい宝石の戦利品たちにジェイムズ君は文字通り目を輝かせ、伯爵が手元に置いておくために選んだ幾つか以外を全て持って一足早くロンドンに戻っている。これからが彼の仕事で、闇の業者から最大の利益を絞りとり、戦利品を捌かせる。ジェイムズ君はあれでとても勤勉なのだ。いじましいほどの有能さは価格の交渉の場において如何なく発揮される。
そして伯爵は今、カーニバルが過ぎ去ってしまった後の気だるい退屈の中にいることを感じていた。
いや、カーニバルにはならなかった、と伯爵は思い返した。
もう少しスリルがあってもよかったのに。ドイツシェパードや猪に追われるのはありすぎでも。
けれど仕事は終わってしまった。次のスリルが必要だ。願わくば、もっと大きな楽しみがいい。
深い緑の石は伯爵の指の合間に滑り込んだ。同じ色の瞳をしているといったら、きっと少佐は嫌な顔をするに違いない。その表情を思って伯爵の唇がささやかな笑みの形にひらめいた時、ハンドルを握るボーナム君が、そういえば、と言った。
「今日は少佐のお誕生日なんですよね」
「え!」
「Aさんが昨日のメールに、そのおかげで少佐の機嫌が悪くなるからその前に報告書をまとめて提出したいと書いていたので…ひょっとしてお忘れでしたか?」
 青い瞳に一瞬光がきらめいたのをボーナム君は見た。首を傾げて伯爵は微笑む。
「ボーナム君、年の数の薔薇は何本用意したらいいと思う?」
ボンは近い。ちょうど、おあつらえ向きに。





 ラララと機嫌よく口ずさみ、部下Gはスカートの裾をふわりと翻えさせながら、花を生けた花瓶を少佐のデスクに運んでいた。
 プレゼントは準備万端だった。手編みのいちご柄マフラーだ。部下
Dに手伝わせた。たまに休日も家に呼んで手伝わせた、今までの中で一番手間がかかった逸品だ。
「G、お前さ、それを少佐が実際に巻くことあると思うか?」
 糸巻きの腕を上下させながらDが顔をしかめて言うたびに
「いいの!あたしがあげたいものを少佐にあげるのよ」
と、Gは主張していた。
 プレゼントはあげる瞬間がイベントなのだ。少佐が嫌そうに受け取る顔は癖になりそうだった。いや、なっていた。
「もうやみつきなの」
 季節の花を生けた花瓶をDに一度手渡して、その下に敷くレースを用意する。 
 きれいに手入れされてマニキュアまで塗られたGの指先を見ながら、Dはぶっきらぼうに言った。
「7月の伯爵の誕生日は手伝ってやらないぞ」
「今度はEかZに手伝ってもらうわ」
 受け取った花瓶をレースの上に置いて、Gは一番映える形にするべく花の向きを整える。
 自分のデスクに腰掛けていたEの耳は勝手な指名を聞きつけると、Dの肩に腕を乗せて二人の会話に混ざってきた。
「で、なに作るつもりなんだよ」
「レッグウォーマー。ピンクの」
「ピンク!」
 EとDは思わず顔を見合わせた。どんな嫌がらせだ。
「でもまあ、伯爵なら…」
「ああ、もうすでに持ってるかもしれないしな…」
「変装に使ってくれるかもしれないよな」
Zはまだ来ていない。そろそろ少佐が現れる時刻なのだが。彼は間に悪い時に限って遅刻したりする運の持ち主だった。
そして、本人は気付いていないがその運は時折、想像を絶する試練を彼にぶつける。
それは朝からささやかに始まった。
困っている人を見捨てておけない性分だとあえて言うわけではなくても、Zは目の前に困っている人がいたら「ちょっと助けてあげられたらな」くらいは自然に考える青年だった。
すっきりと晴れた朝に、Zは幾分時間に余裕を持って通勤の道のりを歩いていた。
その途中で、大きな鉢植えを運ぶスーツ姿の男が目に入り、どこかで見た気がすると思うや否や、振り返った男と目が合った。
…合ってしまった。

「いや~Z君!助かりますよ~!」
SISのチャールズ・ロレンスは足取り軽く、カトレアの鉢植えを抱えたZの隣でステップを踏むように歩いている。
「ミスターLときたらひどいんですよ。たまには花束より鉢植えを贈って盟友を祝うのもいいっていうんですけど、結局持っていくのは私じゃないですか。空港からずっと人目を引いてしまいましたよ。男が花を持っているのところを見つめられるのは気恥ずかしくてたまりません」
「そうなんですか?」
 そんな気持ち、この人にあったんだ…。Zは内心考えた。気恥ずかしくてたまらないとロレンスがいうと「嫌で我慢できない」とかいうよりも「うれしくてたまらない」とかの方が合っているような気もする。
作品名:クラウス オールマイティ 作家名:bon