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ストローク 1

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「なあー音無ー」
「なんだよ日向。そんな不細工な顔で」
「不細工言うな!・・・あー・・・えっとさ、まあ、アイツのことなんだけど」
「・・・、」

授業中に首を捻り、というか身体ごとこちらに振り返りながら日向は言い難そうに言葉を濁す。言いたいことは、わかってる。そしてそんなことを何で授業中の今に言い出そうとしているのかも、わかってしまう。なぜならその『アイツ』が俺の傍にいない時間がクラスが違う、この授業中しかないんだ。その他の休み時間やら放課後やらさらにはそれ以外の時間にでさえもあいつはずっと俺の傍を離れない。
何だよ、と返せば根っから優しい性格の日向はまたも複雑そうな顔をする。

「・・・見てる側の正直な意見を言えば、だな」
「ん」
「あいつは、その、ちょっと・・・おかしいぜ。いや前からおかしいとは思ってたけどそういうんじゃなくて・・・」

・・・全くいい奴だな、こいつは。
たとえ気に食わない相手でも本気で悪口なんか言えやしないくせに、俺のためを思って無理にでも言葉にしようとするんだ。損な性格をしてると、思う。

「・・・まあ確かにいき過ぎな感じはあるけど・・・でも暫くしたら治まるだろ。大丈夫だよ、そんな心配しなくってもさ」
「で、でもよー・・・」
「それに、多分あれは――」

と、そこで俺の声が聞き慣れたチャイム音に遮られた。それを聞いてあからさまに顔を顰める日向。俺はそれに苦笑いを返す。
今のチャイムは午後の授業、つまり今日一日の授業が全て終了した合図でもあってあとは寮に帰るか部活に出るか、それとも他愛もなく学校周辺をぶらつくか、そんな生徒の自由時間なわけだ。そして多分あと何秒かで先ほどの会話の中心にいた奴はやってくるだろう。
・・・3、2、1、

ガラッ!

「――音無さん!!今日もお疲れ様です!!!」
「・・・ああ、サンキュ、直井」
「・・・きたよ」

物凄い速さで教室に押しかけてきたそいつは、つい最近まで俺達と敵対していたはずの直井文人だった。まあとにかく色々とあって、ある日から俺に心を開いてくれているっぽい。というか思い切り、懐かれている。悪い言い方をすれば・・・

「ね、音無さん、帰りましょう!こんな愚民と同じ空気を吸っていたら高貴なる音無さんが穢れてしまいます!」
「お前それどういう意味だこらあ!」
「どうもこうもそのままの意味だ。空気がさらに汚れる。喋るな屑。むしろ呼吸を止めろ」
「なんだそれ死ねってか!死んで生き返って死んでエンドレスループを繰り返せって言うのか!なにそれ悲しい!」
「はっむしろ死んだ瞬間に焼却炉にでも突っ込んでやろうか?・・・あぁ、貴様の身体の粉末が飛び散るのはあまりいい気分ではないな・・・土に埋めるか」
「・・・殴っていいか」
「はいはいストップストップ。ほら直井、帰るんだろ?行こうぜ。日向、また明日な」

二人の間に手を割り込ませひらひらと振ると、さっきまでの毒舌と態度はどこへ消えたのかぱあっと顔を輝かせて俺に笑いかける直井。それを見た日向はかなり面白くなさそうな顔をしていたが、今の会話を続けていたら多分また催眠術かけられてハンガーとかにされてたぞ、お前。

「音無さん、手、繋いでもいいですか・・・?」

騒がしい教室を出て(基本この世界の学校ルールの中にSHLはない)二人で廊下を歩いていると、いつものように直井がおそるおそるそう確認をとってきた。このやり取りも何回目だろうな。

「ん、どーぞ」
「えへ・・・ありがとうございます」

すと右手を差し出してやればそれはそれは嬉しそうに笑う。まるで幼い子供みたいに純粋な、真っ白な笑顔だ。

・・・直井は、俺に、依存している。
生前少しだけ精神科の方をかじったことがあるけれど、この依存の程度はかなり深刻だと思う。言ってしまえば、異常な程に。
黙って歩き続けているときゅう、と強めに掌が握られて、ああ、と思った。これは所謂「合図」のようなものだった。

「・・・直井?」

立ち止まって直井の方に視線を向ければ、俯き、帽子に隠れてしまっている顔。
ふうと一つため息を吐いて、俺は直井の前でしゃがみこんだ。そしてその顔を覗き込むと、不安そうにゆらゆらと揺れる瞳。迷子になり、どうしていいのかわからなくなったパニック状態の、ぐらぐらな不安定な精神の子供のように。

「音無、さん」
「うん?」
「・・・ぎゅって、してください」

耳を澄ませてなければ掻き消えてしまいそうな小さな震えた声。一瞬周りの気配を確認したけれど幸いにもこの校舎には俺達しかいないようだった。
俺は腕を伸ばして、細い体を抱きしめてやる。・・・ほんと、細いな、こいつは。食事をしてるとこを全く見ないもんだから実は僕何も食べてないんですとか言われても信じてしまうくらいだ。

「・・・歩けるか?」

黙って俺の腕の中に抱かれてる直井に尋ねればふるりと申し訳なさそうに頭を横に振られた。俺はそれを確認すると、ひょいとそのまま直井を抱き上げる。

「っ、」
「俺の部屋でいいか?そっちの方が近いだろ」
「・・・は、ぃ」

まるで初音を抱っこしてやっている気分だ。俺の首に回される腕だって、制服の上からじゃよくわからないけれど、実はかなり細い。よく・・・こんな小さい体で世界の神を目指そうと思ったもんだ。(でもきっとそれはこいつがそれ程までに追い詰められていた証で、)

俺は直井の過去を全て聞いたわけじゃないけれど、恐らく直井には、生前のトラウマが強く意識に蔓延り付いている。死んだ今でもその恐怖が忘れられない程に。
直井は本当に突然、不定期に張り詰めていた糸が切れたかのように『壊れる』。初めてその様子を見たときは、それは当然驚いた。はっきり言ってしまえば、伸ばされた手を振り払いそうになったくらいに。

「ほら、着いたぞ。・・・大丈夫か?」

今は一人部屋となっている寮の自室のベッドに直井を寝かせてやる。するとするりと白く細い腕が伸びてきて、俺の制服を弱々しく握った。

「――音無・・・さ、ん。音無さん、音無さんっ・・・」
「うん。どうした?」
「こわい、んです、怖い、僕は、僕は今、ここに、」

『ここに、いますか』

――なんて。そんな、当たり前のことをぼろぼろ涙を流しながら問いかけてくる。
俺は制服を握り締めていた直井の手を半場無理矢理引き剥がし、今度は俺の掌に絡ませてやる。それから強く強く握って、震え続ける小さな身体を再度抱きしめた。

「馬鹿だな、ここにいるだろ。俺が今抱きしめてるのは、お前だよ」
「っ、・・・音無さ、ん」
「うん」

ああ、この次に言われる言葉はもうわかってる。
初めこそ拒絶しそうになったけれど、今はもう、とてもじゃないけれどそんな真似はできない。

「――お願い、です・・・っ、触って・・・、抱いて、ください・・・!」

縋り付く様な視線と涙で濡れた声が俺に懇願する。
トラウマに雁字搦めにされた上での依存程、怖いものはない。多分直井は生前も、そしてこの死後の世界でも、誰かと身体を繋げることで自分自身がそこに確かに存在している感覚を得ていたんだと、思う。その行為は直井にとって性交でも快楽を得るための行為じゃないんだ。
作品名:ストローク 1 作家名:さや