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愛着理論

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突然の被害者


「だあれ?」
「お兄ちゃん、お客さん!」
 玄関に立っていたのは、しっかりとスーツを着込んだ女性だった。キャリアウーマンといった雰囲気だ。栗色の髪はゆるくウェーブを描き、容貌は目を惹かれるほどの美人だった。無表情に双子を見下ろす女性はごく普通に見えるが、右手をバッグの中に入れたままなのが嫌でも目に付く。
 臨也が女の右手を注視しながら双子を後ろへ遠ざけるのと同時に、一閃が走った。バッグが床に落ちて中身をぶちまけ、唯一女の手に残った包丁が臨也の眼前を鋭く薙いだ。仰け反った臨也に、振り抜かれた女の右手が追撃を与えようと翻る。
「うわっ」
 臨也は思わず突きつけられた右腕を捕まえる。女の腕は細かったが、込められた力は尋常ではない。間近で見た女の顔は、表情は歪んでいたがやはり美しく、僅かに香水の香りがした。どう見ても強盗の類には見えない。
 包丁を持つ手を中心にもみ合う中、なんとか凶器をもぎ取ろうと臨也は我武者羅に力を込めた。僅かに嫌な手応えがして、女の手から包丁が零れ落ちて床に傷を付ける。しかし、今度は空いた両手が臨也の首元に伸びる。恐らく手を傷めただろうに、躊躇う素振りもない。見ず知らずの女と修羅場を演じるはめになった臨也だが、既に最初の衝撃から立ち直りつつあった。完全に首に掛かる前に両手を掴んで思い切り引き倒し、後ろから腕を回して首を絞めた。臨也の腕に女の爪が突き刺さる。狭窄する視界の隅に立ち尽くした双子が見えた。
「奥行ってな」
 声を掛けても、双子は硬直して動かない。臨也は舌打ちして女の首を絞める力を強めた。生温い体温に嫌悪を感じる。しばらくするときつく引っかく爪が離れて、女の体から力が抜けた。
 臨也は深く息を吐いて、崩れた女を床に横たわらせた。足でバッグの中身を避ける。ふと、臨也はその中に見覚えのあるものを見つけた。一つは父親が失くしただろう家の鍵だ。地味なキーホルダーがついている。そしてもう一つを目に留め、臨也は口元を歪めた。

 もう一度女が気絶しているのを確認し、包丁をとりあえず靴箱に放り込んだ。まだ呆然としている双子を促してリビングへ戻る。
「あの人だあれ?」
「俺の友達。ちょっと喧嘩してただけだよ」
 子供騙しにも限度がある。臨也にも分かっていた。しかし双子は何も言及しない。
「お兄ちゃん怪我してるよ」
 不安そうな声に指摘されて視線を向けると、女に引っかかれた右手から、ぽたぽたと血が落ちて床を汚していた。手を繋いでいた舞流の手まで血が垂れそうだ。
「あ、ごめん」
 ぱっと手を離し、少し考えてから服の袖で拭った。双子を食べかけのプリンの前に座らせてから、足早にバスルームに飛び込んでタオルを二枚掴み取る。一枚を腕に巻きつけながらリビングへ戻ると、双子はスプーンも持たずにじっとしていた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「痛くない?」
 臨也はテレビ台の下からDVDを引っ張り出し、一切無駄の無い動作で双子のお気に入りの映画をセットした。
「痛くないよ。大丈夫。ちょっとさっきの人を家まで送ってくるから、二人で映画見て待ってて」
チャンネルをあわせて再生ボタンを押し、放置していた残りのプリンを開ける。中身をおおまかに半分に分けてそれぞれの食べかけのカップに入れた。
「これ、お母さんには内緒ね。じゃあ行ってくるから。良い子にしてて」
「「はーい」」
 双子は納得いかないような微妙な顔をしていたが、テーマソングが聞こえてくると、同時についとテレビへ視線を動かした。

 臨也はリビングの隣にある両親の寝室に侵入し、クローゼットの奥から黒いスーツケースを引っ張り出した。ついでに荷造り用のガムテープも拝借する。廊下に垂れた血を避けながら玄関へ急いだ。
 まだ女は気絶しているようだった。足元に転がったままの鍵を拾い上げてポケットにねじ込み、女の口をガムテープで塞いだ。逡巡したが、手足はそのままにした。そして女を抱えて、スーツケースの中に詰め込む。一応無理な体勢にならないよう配慮して、施錠した。息を吐く暇もなく、床の血をタオルで拭いながらリビングへ戻る。
 臨也はそこで一度、はっと我に返った。自分が何をしているのか分からなくなった。そっとリビングを窺うと、双子はテレビに熱中している様子だった。
 臨也は悩んだ。悩んだが、抗いがたい衝動に突き動かされて、考えることを放棄した。

 もう一度バスルームに寄って、全身鏡でおざなりに全身を見回し、血で汚れたタオルを二枚とも洗濯機に投げ込んだ。捲り上げていた袖を戻す。そして玄関まで戻り、床に散らばった女の荷物をバッグに放り込む。ブランド物の高そうなバッグだった。化粧ポーチ、ペンケース、手帳、そして、見覚えのある皮財布。二つ折りのそれを開けて中を見る。金銭もカード類も失くした時のままだろう。カードポケットには一枚の写真が入っていた。数年前に撮った家族写真。双子がまだ赤ん坊の域を出ていない。写真の中の少年が、柔和な笑顔で臨也を嘲笑った。
 臨也はそのまま財布を畳んでポケットに突っ込んだ。最後にプラスチック製のカードを拾い上げる。女の顔写真が貼り付けられたそれは所謂社員証で、一番上に父親と同じ会社名が刻印されていた。

 臨也は鍵と財布を同時に視界に収めた瞬間、一つの仮定を導きだしていた。
 女は父親が失くしたはずの鍵を使って家に侵入し、父親の財布を持っていた。さらに父親と同じ会社。臨也の頭は勝手に結論を導き出す。
 ――――――この女は、父さんの浮気相手だ。
 もちろん違うかもしれない。仕事で恨みを買ったのかもしれないし、女の一方的なストーカーかもしれない。可能性はいくらでもあった。しかし臨也はその仮定を振り払えなかった。鍵や財布を盗るにもそのほうが簡単だろうし、平日の昼間にこの家に来るというだけで、十分状況証拠が揃った。

 靴箱から出した包丁をバッグに放り込み、そのままバッグを肩にかけてスーツケースを引いた。どう見ても奇妙な出で立ちだが、致し方ない。
 臨也は別に重しをつけて海に沈めようなどと考えているわけではない。この女の正体に勘付いた瞬間、臨也は全て隠蔽してしまおうと考えた。すぐに計画を立てたし、躊躇いは無かった。しかし、唐突に一つ疑問が浮かぶ。
 ――――――何のために?
 普通なら警察を呼ぶだろう。そして女の口から真相が語られる。どこに問題があるのだろう。臨也には分からない。両親の離婚、経済的な不安、幼い妹達、どれも取るに足らない。
 何のために、それが分からないまま、臨也は時間に急かされて計画を推し進める。全ては女が目を覚ます前に。何より真夏の炎天下に、長時間黒いスーツケースに詰め込んでおくわけにもいかない。

 コマが付いているとはいえ、スーツケースは重かった。耐過重は確実に超えているが、臨也は気にしないことにした。いくつか思案していた候補の中から、障害者用トイレが設置された公園に向かう。猛暑日のこの時期は人が少ないし、何より鍵がちゃちなので臨也なら外から閉められる。行き先が決まって俄然歩くスピードが上がった。
 しかし、滞りなく進むはずだった臨也の計画は、臨也本人の失態によって思わぬ邪魔が入る。

作品名:愛着理論 作家名:窓子