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愛着理論

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当然の被害者


 音を立てないように玄関を開けると、涼しい空気が肌をなでて、二人はほっと息を吐いた。揺れるスーツケースを玄関に横に倒して、新羅は何のためらいもなく上から腰を下ろす。
「とりあえず何か飲み物頂戴」
 新羅の横柄な態度に何か言い返してやろうかと思ったが、臨也も意見には概ね賛成なので、渋々キッチンへ向かう。
「ついでに着替えて、救急箱も持っておいでよ。鉄くさいよ」
 背を追ってきた声には返事をせずに、そっとリビングを覗き込む。映画はきちんと双子を魅了する役目を果たしているようだ。臨也は上着を脱ぎながらバスルームへ向かう。汗と血を吸って心なしか重い。タオルを一枚引っ張り出してから上着を洗濯機に放り込み、二階の自室へ着替えに行く。タオルは出掛ける前のように腕に巻いていたので袖を通しにくかった。一階のキッチンに降りて、冷蔵庫の中から麦茶を取り出した。救急箱の上に麦茶のグラスを乗せ、バランスを取りながら玄関へ戻る。

「なんでまた長袖?」
 麦茶を取りながら新羅が嫌そうに顔をしかめた。臨也も心情としては同じだったが、半袖だと怪我が隠れない。とりあえず二人して麦茶を飲み干す。カタカタゆれるスーツケースの音が耳障りだ。臨也は平気な顔で座り込んでいる新羅の神経の図太さに、改めて関心した。
「手貸して」
 一瞬躊躇したが、床に座り込んで右手を新羅の前に差し出す。新羅は救急箱の中身を検分してから、何やら嬉しそうに傷口を見た。思わず引っ込めそうになった手に遠慮なく消毒液が吹き付けられる。
「うわー痛そう。これ中身死んじゃったら捕まりそうだね。爪からDNA鑑定されてさ」
 消毒液が沁みる痛みに耐えながら、新羅の想像に付き合う。
「そしたら取材が学校とかにも来るかな? ネットの掲示板に顔写真付きで実名晒されてさ。まぁ流出させるのは僕だけど。」
 そうだろうとも。臨也が同じ立場ならそうするに違いない。新羅は傷口に丁寧にガーゼを貼り付け、器用に包帯を巻いていく。
「君は猫かぶるのが上手いから少年院は免れるかもしれないね……はい、おしまい」
 新羅は褒めるようなけなすようなことを言いながら、包帯が巻かれた腕をぺしりと叩いた。じんと伝わる痛みに眉を寄せ、皮肉に口の端をあげる。
「そうならないようにしてくれるんだろうね?」
「もちろん! 僕はできないことは引き受けないからね」
 頼りないことを言いながら、新羅は胸を張った。話す内容が聞こえているのか、さっきからスーツケースがひどく揺れる。
「これって揺れるけど騒がないよね」
 新羅がスーツケースを二、三叩きながら首を傾げた。
「口だけガムテープで塞いだ」
「賢明だ」
 不意に臨也は、女の声を一度も聞いていないことに気が付いた。もう聞く機会は無いだろう。臨也はこの女を引き受けてくれるという、運び屋に思考を巡らせた。詳しく聞き出したいが、新羅は話す気はないようだ。機嫌を損ねて話を不意にされても困るし、これから会えるだろうと一端保留にした。
 臨也がまくっていた袖を下ろすと、新羅がまた嫌な顔をした。
「なんで長袖?」
「クーラー対策」
 新羅が余計に顔を歪めたが、無視した。

「あ、そういえばノートは? やっといてくれるんだっけ?」
「いや、返す」
 ここまで来たら早く返してしまいたい。臨也はすぐに切り返して立ち上がろうとするが、後ろから衝撃が来てもう一度床へ逆戻りした。
「おかえり!」
「おかえり!」
「またお友達?」
「お友達なの?」
 忍び足でやってきたらしい双子が、一斉に騒ぎ出す。話し声を聞きつけてきたらしい。臨也は背中の重荷をゆっくり押し返して、もう一度立ち上がる。
「ただいま。九瑠璃、喉痛いの大丈夫?」
「大丈夫」
「大丈夫!」
「舞流には聞いてないから」
 双子は臨也の足にそれぞれまとわりつきながら、好奇心を隠し切れずに新羅のほうを凝視していた。臨也が振り返ると、新羅も目を丸くしている。新羅は器用にスーツケースの上でくるりと回り、こちらに向き直った。
「えええ、君、なにこれ妹? ちっさ! ていうか双子! 君に兄弟が居るなんて想像もしてなかった!」
 一気にまくし立てる新羅に、あまり人見知りしない双子も釣られて騒ぎ出す。
「お兄ちゃんのお友達なの?」
「遊びに来たの? おやつ食べる?」
 首を傾げる双子に新羅は頬を緩める。
「何これかわいい」
「……新羅ってロリコンだっけ?」
「それはない」
 即座に否定するが、新羅は比較的子供が好きな人間らしい。臨也はどちらかと言えば苦手なので、こういう反応は理解しかねる。
「ほら、二人ともリビングに戻って」
 臨也は双子をこの場から離そうとするが、興奮しきっていて言うことを聞かない。
「お兄ちゃんもリビング?」
「お友達もリビング?」
「いや……俺たちは」
 臨也は思わず頭を抱えた。服を引いて催促されるが、スーツケースを置いてこの場を離れるわけにはいかない。いつのまにか新羅が完全に乗り上げているので、双子の声を聞いて揺れが激しくなったようだった。
「なんで?」
「どうして?」
 臨也が双子を丸め込む言い訳をでっちあげるより先に、予想外に新羅が口を開いた。
「とりあえずノート取ってきたら? 双子ちゃんはちょっとの間だったらここで見とくから」
 臨也は意図が分からず口を開こうとしたが、新羅が意地の悪そうな顔で笑っていて閉口する。引き止める間もなく双子が足元を離れて、新羅のそばに座り込んだ。
「お話する?」
「お兄ちゃんはあんまりお話してくれないの」
「へー、そうなの? お兄ちゃんていつも家で何してるの?」
「えっとねー」
「ちょっと」
 臨也が思わず声を上げると、新羅は顔も上げずにひらひらと手を振った。
「…………行ってくる」
 舌打ちをこらえて階段へ向かう。普段部屋にこもりきりなのだから、双子の口から出て困るようなことは無いはずだ。多分。
「そのおカバンなぁに?」
「お出かけするの?」
 そんな声が聞こえて思わず立ち止まったが、新羅の口の上手さに期待を込めて声を振り切った。

 階段を登って部屋に着くと、すぐに机の上に放置されていた携帯が目に入った。携帯を持っていないことにも気付かないほど動転していたらしい。携帯を開けると、数件メールが入っていた。目ぼしいものがないことを確認すると、皮財布をポケットから引っ張り出して代わりに突っ込む。少し悩んで、皮財布は机の引き出しに入れた。それから部屋の隅に積んである教科書類の山を切り崩した。テスト週間で全て持ち帰っていたので、結構な量だ。しかも、愛用しているメーカーが同じなので、一々名前を見なければならない。上から探していったものの見つけたのは一番下で、心底脱力しながら部屋を出た。

 階段を下りている最中、臨也は何の話し声も聞こえないことに気付いた。少し歩調を速めて玄関へ向かうと、そこはもぬけの空だった。新羅も双子も居ない。スーツケースもバッグもない。慌てて玄関を飛び出すと、新羅と双子が手を振って何かを見送っているところだった。スーツケースはどこにも見当たらない。臨也に気付いた新羅が振り返って言った。
「あ、遅かったね。今来たから持ってってもらっちゃった。いいよね?」
作品名:愛着理論 作家名:窓子