愛着理論
エピローグ２
誰も居なくなった教室の隅を陣取って、臨也と新羅は向かい合っていた。不遜に投げ出された右腕に、新羅が前日のように綺麗に包帯を巻いていく。
「利き手じゃなくて良かったね。はい、おしまい」
叩かれそうになった手をさっと取り戻すと、新羅が舌打ちしたような気配がした。
「これの中身って結局どうなったの？」
臨也は、廊下側から身を隠すように置かれたスーツケースを視線で指した。朝からスーツケースを引いてくる姿は相当目立ったが、周囲の何か言いたげな視線をものともせず、新羅は昨日の約束を果たした。
「それなら心配しないで。廃材置き場に捨てようとしたらしいんだけど、中身女の人だったから家まで送ってあげたんだって！ 優しいよねー」
臨也は思わぬ返答に目を見開く。
「話出来る感じじゃなかったけど？」
「どうやら開けた途端暴れだして、気絶させちゃったらしいよ」
新羅が手刀を振り下ろす真似をした。
「なにそれ。その運び屋って結局何者なの？ どういう知り合い？」
新羅の話し様から、運び屋とは親しい間柄にあると見当をつけ、臨也は反応を見るために切り込んだ。
「そういえば報酬の話がまだだったね」
新羅はにこりと笑って人差し指と親指で輪を作って見せる。さすがに一筋縄ではいかないようで、すぐに話を逸らされた。二人は内緒話をするように顔を寄せ合う。
「直接交渉するから紹介してよ。お前が持ち逃げしないとも限らないだろ？」
臨也はもっともらしく装って話を繋げる。この機会を逃せば、このまま新羅に煙にまかれてしまうだろう。運び屋の報酬となればそれなりの金額だろうと踏んで、ぐっと新羅に詰め寄る。
「心配御無用。実は現金じゃないものを御所望なんだ」
新羅は輪を作っていた指をぱっと離し、反対の手でポケットを探った。予想外の言葉に、臨也は小首を傾げて先を促す。
「えっと、いらないゲーム、漫画、CD、DVD……」
「ちょっと、なにそれ」
新羅がポケットから取り出したメモを覗き込むと、言われた通りのことが書いてあった。
「……その人古本屋とかやってる人？」
ありふれた中古販売店の買取広告のような羅列に、臨也は困惑する。
「まさか！ 未成年からお金を巻き上げるわけにはいかないんだってさ。感謝しなよ」
ますます意味が分からずに、臨也は眉間に皺を寄せた。しかし新羅はメモの文字をじっと見つめるばかりで、臨也を見向きもしない。
「というわけで、家から適当に見繕って連絡してよ」
話を切り上げるように、勢いをつけて新羅は立ち上がった。その発言を聞いて、臨也はもう一つあった疑問を思い出す。
「そういえば、なんでノートわざわざ取りに来たの？」
聞いた途端、新羅は一つ瞬いて呆れたように笑った。臨也は首を傾げる。
「だって、君が、わざわざ持ってきてくれるわけないじゃないか」