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オージーボカン 風雲ハリウッドヒルズ

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 怒りのあまりに、はげた芝の分だけ皆の毛をもらおうか…と口走ると、その場にいた全員が震え上がり、即座にホールドアップした。
 車に乗った英国人二人も、転んだのも、そしてオージー二人まで。
 思いのほか効果を発揮した脅しにトビーとレオはお互いに顔を見合わせてしまった。
 彼らは知らなかった。アクターズクリスタルが集められているのは、育毛のためだとは。
 汗水、時にはもっと色々なものを流して作り得た俳優人生の大切な結晶が、まさか胸毛や毛髪の育成に流用されようとしているとは。
 そうとは知らないレオは「オージーの二人はいいんじゃないか?だって正義の味方なんだから」とトビーに言ったが、トビーは完全に据わった目で全員を見渡した。幼なじみのあっけらかんとした言葉を聞かないふりをして、青い目を凝らすように薄く開き、無言で侵入者たちを品定めするさまはなぜか、根回しすることを知らないお人好しのトップを補佐する政治家秘書のようだった。
「なあ、トビー…」
「レオもちょっと疑えよ」
 こんな得体の知れない男達がどうして信用できるというのだ。
 そしてさっきから、なんだかぽっかりと胸に穴が開いたような感覚。掴もうとしたものが手から指からすり抜けたような、体中の気力が湯気のように消えていくような、この不安な気持ちは…
 途端にトビーの意識はかぼそい煙のようになって、芝の上にぺたんと膝をついた。驚いた幼なじみが腕を取って名を呼ぶ声さえ遠い。
 ついさっきまで怒りでうっすらと赤くなっていた頬は血の気が引いて青ざめていた。
 けれどもトビーは力を振り絞って指差す。
「だまされるなよレオ、特にそいつ…っ」
 皆、トビーの指先を視線で辿った。
 その先にいる男以外は。


「え!?」
 両手に赤いマラカスを握って立っていたヒューは視線の一斉射撃を受けて口を開けて目をぱちくりさせた。
「おれ?」
「垂れ目のイギリス人に撃たれた時思いっきり痛かった!なにが『ピンセットで腕の毛掴んで抜かれるくらい』だよ!もっと痛いじゃないか! 」
「ごめん、大丈夫かい?おれが撃たれて『ウルヴァリン』を抜かれた時はそのくらいだったから」
 正統派のアメリカンヒーローの一見本のように鍛え上げられている身体の持ち主が、子供に泣かれてしまったかのように赤いマラカスを持った手を所在なさげにおろおろとふらつかせた。中身のライス音がしゃらしゃらと言って物悲しい。
 小柄なヒーロー・スパイディ、今はクリスタルを盗まれているトビーはさらに傷ついた。
「どうせ僕はせっかく休暇中だからってトレーニングをさぼっちゃったよ…!鍛えてないからきっと痛いっていうんだろ!」
「そ、そんなにか?」
 さっきまで「俺からクリスタルをとれ!」と敵の銃口に身を晒していた幼なじみも身に覚えがあったので、たちまち今頃になって心臓がどきどきして思わずTシャツの胸の前を押さえてみる。
「そうだよ。だからもう気軽に『撃て』なんて言うなよ、レオ」
「俺だって考えなしに言ったわけじゃ…」
「考えても言うなよ」
 トビーはうつむいた顔をそのままぷいと背けた。
「だってお前が撃たれて、大事なクリスタルが奪われたんだぞ!黙ってられっかよ!」
「そんなのお前が浮かれてなきゃ油断しなかったよ!」
「かっ…かわいくねー!!!」
 助け起こそうとするレオの腕を振り払ってトビーは立ち上がろうとしたが、直後、糸が切れてしまったかのようにトビーの体は芝の上に沈もうとした。
「トビー!」
 レオの手が咄嗟に持っていたクリスタルガンを赤いマラカスを持つヒューへ投げて、今度こそ倒れるトビーの体を救った。
「俺はあんたを信用する!…だから、こいつのクリスタルを取り戻してくれ!」




 ルパートは、展開がなんだか「いい話」に向かっているような気がして、思わずため息をもらした。
 こういうのは苦手だ。子どもも食わない子ども向き。
 どうせこれから、せっかく手に入れたクリスタルはこの手から奪われ、あのオージー産カンガルーの愉快な赤いマラカスが乱れ飛ぶのを見せ付けられて、あのなぜかミニスカートのプリンセスデイジーが2丁拳銃でキメッ☆とポーズをつけて(彼は意外とそういう遊びが好きそうに見える。この中にあって異常なほどクールなのが怪しい。もちろんただのゲイの勘だ。結構当たるのだ)ズドンと一発、こっちのクリスタルを吸い上げようとするに違いない。
 転ばされたおかげでぶつけてしまった鼻を指先で押さえつつ、ルパートはちょっと考えた。
 長い役者人生、もう失ってもかまわない役柄の一つや二つあるんじゃないだろうか。
 それをクリスタル化するのもいいかもしれない。
 たとえば。


「逃げるぞ!」
 急発進して回り込んできたキャデラックのステアリングを握っていたのはヒューだった。もちろん垂れ目の。
「ヒュー、『モーリス』のクライブって…」
「だめだ!」
「まだ全部言ってない」
「俺のをクリスタルのいけにえにする気だろ!」
「エルトン・ジョンのとこでの宴会芸用にとってあるんじゃないだろうね?」
「…ゲイばっかりのところでそんな芸してたまるか!」
「ルパート、乗るんだ」
 コリンがルパートの肩を掴んで促そうとしたその瞬間、一条の光線が二人の間を引き裂いた。







 光線を避けたルパートとコリンの間で、代わりに撃ち込まれたキャデラックのピンクのボディが細く煙を上げていた。
「傷つけたらイアンに怒られる…!」
 ルパートは青ざめた。彼らにこの車を快くあてがったサー・イアンだが、「このピンクのボディが実にゲイっぽい。ラブリーだろう。こういうの好きじゃない?」と矢鱈に薦めてきたので、たぶん彼のお気に入りなのだ。
「え~…ピンクだなんて直球でゲイっぽくてちょっと…」とルパートが口を濁したら、説教されそうになった。
 
 壊したら怒られることは確実。
 ちなみにクリスタルを7つ集めると素敵なボーイフレンドがもらえるらしい、とサー・イアンは誤解して、この馬が合いそうにない3人の英国人を鷹揚に支援していた。

「…よくもやってくれたな…オージー!」

 ハンドルを握るヒューは二人にそんなことより早く乗れと叫んだが、その時なぜかエンジンが停止して、慌ててクラッチを切り始めた。
「くそ…!動かない!」






「今のでエンジンにはちょっと眠ってもらった」

 アルファロメオの車上に立ち、デイジーは冷えた声で通告した。

「次は外さない。」
 ヒューから手渡されたものとを加えて2丁のクリスタルガンを構え、照準に迷いなく。
 

「ヒューの『ウルヴァリン』、さらに罪のない青年からクリスタルを奪う数々の悪行…」

 ぎゅっとデイジーの唇が引き結ばれるのをヒューは見守った。赤いマラカスを握る彼の手にも自然、力が入る。
 かっこいいデイジーかっこいい。 
 
「これ以上の横暴は許せない…!」

 ―――いつもは静かなデイジーの抑えられた怒りがその青い双眸にきらめく時、それが敵の最期だ。
 そう心の中でナレーションを流しつつ、ヒューの胸はときめきに高まっていった。 ちなみにヒューのデイジーへの胸の高まりと赤いマラカスの威力は比例する。
「行くぞ!ヒュー!」