その体の重みさえも
それはもう寝た方が良いと思うのだが、言っても聞きそうにない。貸し出した本はイギリスに伝わるおとぎ話を纏めた物である。子供向けで、表現もそう難解ではないからすんなり読めるだろう。その意図を悟った日本に軽く睨まれたが、しかし英国に伝わるおとぎ話への興味が勝ったのだろうか、大人しく無言で分厚い表紙を開いた。
本に出てくる妖精は大半は実在するんだぞ。
初めの反応とは真逆に、熱心に視線を落としている日本に言ってやっても生返事しか帰ってこない。
似たような、意味の無いやりとりを数度繰り返し、やがて沈黙が降ってきた。無言が苦痛にならない関係というのは良い事である。
自分自身も持ち出した本をゆっくりと捲っている内に、日本が微かな寝息を立たせるまでにそう時間は要らなかった。深く椅子に体重を預け、何の警戒も為しに目蓋を見せている。余りに無防備な日本に軽く頭痛がしたが、信頼されているという証拠だろうか。そう思えば腹も立たない。
髪を一掬いしても起きる気配は無く、そのままはらりと流し梳いた。一瞬その一房に口付けようとした自分が信じられず数度首を横に振る。幾ら彼とて女性と同じように扱えば怒るであろう。
重みに負け、少しだけ首を傾げている仕草を愛らしいと思ってしまったのはきっと小動物に対する感情と同じ種類の物だ。疲労で色の失せた頬に触れたいと願うのはただ単純に友人を心配しての物だ。決して恋情ではないのだと必死に自分に向けて言い訳を繰り返す。
手袋を脱いで青い頬に指で触れる。色が示す通りに冷たく冷えた肌に溜息を吐いた。起きるまでそのままにしようと思っていたが、このままでは風邪を引き込んでしまう。最悪肺炎までこじらせたら日本の上司に何を言われるか分かったものではない。
もう一度溜息を一つ吐いて日本の体を椅子から抱き上げた。脇の下に手を入れそこで一度固まってしまう。
これが女性であれば横抱きにして丁重に、男であれば……まぁこんな状況でもなければ何故男の運搬などしなければならないのかと臍を曲げる所ではあるが……荷物の様に肩に担ぎ上げるかするのだが。だがこの相手にはどちらをするのもなんだか気が引ける。あぁ、何故自分は変なところで不器用なのか。忌々しげに舌打ちを一度鳴らし、結局日本を自分の体に凭れさせるようにして安定させた。