ひとりで少年探偵団
「寝坊する兄さんが悪い」
時計で時間を確かめながら、ぶうたれるプロイセンの腕を引き、ドイツは一気に階段を駆け下りた。
「時間が無いな」
「これは今までの最短記録が出るかもな」
「何を暢気なことを言っている」
「楽しいだろ。こういう方が」
「きっと楽しいのは兄さんだけだ」
寮の傍にある駐輪場から愛用の自転車を転がしてきたドイツは、慣れた動作で後部座席に飛び乗るプロイセンの重みを確かめてから、思い切り強くペダルを踏み込んだ。
「お前も楽しめよ、ヴェスト」
「生憎、俺は兄さんに比べて頭が硬い」
「そういうところも可愛いぜ」
「そういうところが、とても好きだ」
言葉を盗み取って先手を打ち、プロイセンが照れに言葉を飲み込んだところで、ドイツは更に自転車を加速させた。しがみ付く腕の力が増し、体がひとつの塊になるように密着すると、同じ風を感じることが出来る。
ドイツはこの瞬間が、とても好きだった。
だらしない兄を、文句を言いつつ起こし、急いで支度をさせ、自転車の背に乗せる。
広大な敷地の端にある寮から、校舎のある正門までの距離は、ゆっくり歩くと約十分程度掛かる。自転車で走れば相当時間は短縮されるものの、遅刻ぎりぎりというのは褒められたものではない。
森に囲まれた真っ直ぐな少し上り坂になっている石畳の道を、ドイツはプロイセンの鼓動を背に聞きながら走り抜けた。
「気持ちいいな」
「余所見をしている余裕は無いぞ」
「今度俺がこいでやるよ。いつもお前ばっかだしな」
「兄さんの運転は、心配だ」
緑の壁と、天井をすり抜けていると、鼻腔を優しい香りが過ぎる。ふと、ドイツは、ずっとこのままの時間が続けば良いと思った。下らない願いだが、幸福な瞬間をいつまでも閉じ込めておきたいと思うのは、ごくありふれた感情だ。
「兄さん」
「なんだ?」
「飛ばすぞ。しっかりつかまっていろ!」
「おう!」
心地良い弾んだ返事と同時に、背中により強く、プロイセンの体温を感じる。
ドイツは至福の時間を自ら縮める為に、走り出した。後ろでは、プロイセンが楽しそうに声を上げる。
始業ベルが鳴る前になんとか校門内に滑り込んだドイツは、先にプロイセンが降りやすいように両足で地面を踏んでから、自分も自転車を降りた。
「早く行け。もうあまり時間が無い」
「あー、そのさ、ヴェスト」
「なんだ?」