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my common holiday

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 イギリスは白いクッションとブランケットに埋もれ、ダブルベッドの真ん中にひとりきりで寝かされていた。クーラー以外にも加湿器がつけられており、クリーム色のカーテンで陽光から遮られた代わりにクリプトンランプのやわらかな光に照らされた部屋の空気はちょうどいい温度を保っている。身体を起こしベッド脇のテーブルに置かれたコップから一口飲むと、すこしだけ檸檬の味がした。けれども、何もかもが心地よく整えられたそんな場所にほんとうにひとりなのだと思うともういても立ってもいられなくなった。たぶん、なにか魔法がかかっているのに違いない。とっくに抵抗をやめてしまっていた猜疑心を、ベッドから降りるためだけになんとか叩き起こして、眩む目を無視してこれも白くてふわふわなカーペットに爪先を付けた瞬間、
「イギリス!」
 いつの間にか開いていたドアから駆け寄ったアメリカが、タックルでイギリスをベッドに押し倒し――というより押し込んだ。
「まだ寝てなきゃだめなんだぞ?!」
 そのままぎゅうぎゅうと抱き付いてくるので、すぐにせっかくの適温が暑苦しくなる。おまけに押し込んだが既に推しつぶしたになっていて、腰が悲鳴をあげはじめたから、イギリスは必死で手を伸ばしてめずらしくシャツ一枚でしか隔てられていない背中を叩いた。はじめは軽く、そのうち、掌を使っていたのが拳になり、それでも離れようとしなかったから、駄目元で足を振り上げた。
「……ッッッ?!!!」
 アメリカが殆どわざとらしいくらいに崩れ落ち、地面にうずくまる。その様子に一瞬だけいい気味だ、とほくそ笑みそうになったが、すぐにそれどころではないと気付いて慌てて側に屈んで背中をさすった。
「わ、悪い!!だって、お前が離さないから、」
「それにしたって、これはないよ、イギリスっ」
「だから悪かったって!」
 意味がないと知りつつもさらにぴったり身体を寄せれば、ようやく顔を上げたアメリカに安堵する暇もなくじと目で睨み付けられる。確かに早まった自覚はあったけれど、決して怒らせるつもりはなかったのに。アメリカらしくもない湿った視線から逃れるために俯いたとき、耳を澄ませなければ分からない程小さなため息が空気を震わせたのを聞いたイギリスの目元にはもう涙の前哨が浮かべられた。
 アメリカが手頃な場所にあった椅子を引き寄せ、腰をかけるのを膝を抱えたまま見つめていると、手を差し延べられた。そうして今度は無言でベッドを指差される。イギリスが中に納まる様子を大真面目な表情で見守ったあと、自分でもクッションの位置やブランケットの裾を調整したのちに、アメリカはようやく再び口を開いた。口調がすこし早くなっていた。
「いいからおとなしくしてなよ。覚えてるかい?君、到着してからすぐ倒れたんだぞ。それから自分がどれだけの間眠っていたと思ってるんだい。急に起きないで、もうすこしゆっくりしていてくれないと」
「そんなこと言われたって、なあ」
 自覚症状といえばしつこく纏わりつく眩暈と多少の立ちくらみくらいのものだったが、イギリスにとってはどちらも許容範囲内のものでもある。中断した仕事だって何件かあったはずなのだから、と思ったとき、ふといまさらながら「どれだけの間」が気になった。
「そういえば今、何日だ?」
するとアメリカは今度はわざとらしくため息を吐いて、
「7月の10日」
「ああ、10日……とおかぁ?!」
「ほら」
 説明するのもわずらわしいらしく、無言で差し出されたスマートフォンの画面にゴシック体で映し出された文字に、今までで一番の眩暈がおそった。
「もうすぐで一週間、なんだぞ」
 すこしだけ考えてから、イギリスは歪んだ視界もそのままに立ち上がった。
「帰る」
「だから起きちゃだめだったら!」
 歪んだ視界もそのままに起き上がろうとしたところを抑えられて、イギリスは噛み付くことも出来ずにふらふらとベッドボードによりかかった。息を整えて、けれどもいましばらくは無理だな、と自覚する。漸くアメリカの言うところの「まだ寝てなきゃ」いけない理由が身体に染み込んでくるのと同時に、二日酔いにも似た倦怠感が身体を包み込みはじめた。それで傍のアメリカも漸く安心したらしく、腕を握っていた手から力が抜かれてそのまま手首あたりに置かれるような形になる。
 しばしの沈黙がふたりの間を流れ、やがてアメリカが口を開く。
「仕事なら、心配しなくてもいいよ。ヨーロッパ組は今回出席率がよかったから、君のことはみんなもう承知してる。どうしても慌てなきゃいけないような案件があるなら、俺のほうに回すように言っておいたし。それならイギリスに言わなきゃいけないことがあっても、すぐに伝わるだろ?」
「うん。……そうだな」
「おなかはすいていないかい?飲み物は?」
「いや、大丈夫だ」
「そっか」
 再びふたりして黙り込んで、後、
「日本が、」
 とアメリカは言った。
「日本が言ってたよ。考えすぎなんじゃないですかって」
 国の体調は基本的に経済状況に影響されるが、優れた免疫系統のため自覚症状が出る前に完治してしまって気付かれない場合も多いというだけで、一般的な病気にかかる場合もままある。また思い込みも厄介で、イギリスは特にこれに悩まされることが多かった。といっても物思いが理由だとはっきり言えるわけではない。ひとつ思いに囚われるのが先なのか、病が考えを鈍らせるのが先かを言い当てることなんて、医者にだって不可能だし、そのために努力する意味もないだろう。
 そして日本の台詞である。ああフランスも同じようなことを言っていたっけ、まったく。
 考えることが、思うことが辛いのかどうか、実のところイギリスにはもうよく分からなかった。それはまったく無意識のはたらきだった。何を見てもなにかを思い出す、とまでは行かなくとも、過去の像はすぐにイギリスの目にベールをかけようとする。ましてやこのころならば尚更だ。
 けれども今、目の前にいるアメリカを泣かせるのだってイギリスは厭だった。「明日」の輝かしさをいつだって信じきっている青い目が伏せられると、どうしようもなく胸が締め付けられてしまう。だからきっと、視線を合わせないのが一番賢い方法で。
「それくらいなら――それ以上のことだって、俺には分かるよ」
「ほお」
 言ってみろ、と口に出す代わりに顎をしゃくってみせる。
「ほら、イギリスのことだから」
「俺のことだから、なんだよ」
「イギリスのことだから、どうせまたなにかを「しちゃだめだ」とか思ってたんだろう?あれをしちゃいけない、これもしちゃいけない。いつも俺にも同じようなこと言ってるから、想像はつく」
「それで」
「俺は別に気にしないのに」
「気にしないだって?ならなんでいつもつっかかってくるんだよ」
 特に、昔話をしているとき、とか。
 自然拗ねたような口振りになりながら、自らにとっての核心をさりげなく会話の流れに託せば、イギリスのそんな企みに気付いているのかいないのか、肩を竦めたアメリカは一、二秒の間無言でイギリスを見つめていた。
作品名:my common holiday 作家名:しもてぃ