カテリーナ
8.
大学は私にとって、なにもかもが初めての出来事だった。
もう慣れたけれど、たくさんの生徒が大講堂に集まって同じ授業を聞くというのは初めの頃は驚いたものだ。
弟とは大学では別行動をとっていた。
教える側と教わる側ではすることも行く場所も違うのだから当たり前なのだろうけど。
私は年齢と、生まれつきの消極的な性格で、友達がほとんどできなかった。
たくさんの人が集まるキャンパスで、友達を作るのはとても難しい。
そんなときに、声をかけてくれたのがアルフレッドくんだった。
後期の、考古学の授業をとっていたときのことだ。
隣に座っている男の子が「あれーおかしいなー・・・昨日入れたはずなのに・・・」と呟いていた。どうやら筆箱を忘れてしまったようで、筆記ができないのだ。
私は、どうしようとおろおろしていたら、彼は私に話しかけてきた。
「ねえ君。もしよかったら何か書くもの貸してくれないか!?筆箱忘れちゃったみたいで・・・」
「え、ええと、は、は、はい!」
私は彼にシャープペンシルと消しゴムを差し出した。
「今日一日中、どうぞ。来週返してくれれば、わたしは構わないから。」
私の言葉に、彼はぱああと顔を輝かせた。
ありがとう!!と何度も何度も言う。
彼のまっすぐな瞳と、物怖じしない姿勢が羨ましかった。
アルフレッド・F・ジョーンズくんは19歳で、この大学には考古学研究のために入学してきた。彼の周りにはいつも人が絶えなくて、とても目立っていた。
人類皆兄弟!が精神らしく、誰とでもわけ隔てなく接する彼は、みんなの人気者だ。
私はその日から、考古学の授業が毎週楽しみになっていた。
アルフレッドくんは、無邪気な少年のようだった。
弟とは違う、男の子。こういう男の子もいるのか、と思わされた。
いつもにこにこしていて、毎日が楽しそうで、明るくて、優しくて。
私の持っていないものをなんでも持っている男の子。
どんくさくて、消極的で、融通が利かない私とは大違い。
一緒にいるのはとても楽しかった。
けれどその分、自分がみじめに感じられた。
「なあ、ライナはどうしていつも下を向いているんだい?」
知りあって随分経ってから、突然そんなことを言われた。
「え?私、下向いてるかな?」
アルフレッドくんをまっすぐ見つめた。
下は向いてない。そのつもりだ。
「そうじゃなくてさ。いっつも自信なさそうで。もっと自分に自信持てばいいのに。」
「そ、そうかな・・・。だって、私なんてアルフレッドくんの5つも年上だし、どんくさいし・・・」
どんどん声が小さくなっていく。
ああどうして私はこんなに臆病なんだろう。
どうしてこんなに弱いのだろう。
「だ・か・ら!私なんて、って禁止!」
「え・・・?」
「そうやって卑屈になってると、どんどん自分が嫌いになっちゃうんだぞ!」
バッと、彼は両手を広げた。
私は相変わらず下を向いたままだ。
「で、でも・・・。」
「じゃあ、試しに俺と付き合ってみる!?」
「・・・・・へ・・・?」
今の若い子が考えていることがわからない・・・。
私はその場でフリーズしてしまった。
「俺は君のこと大好きだし!毎日でも君のいいところを言ってあげるんだぞ!」
「そうなると、どうして付き合うことになるの・・・?」
「俺が君のことを大好きだからさ!」
「ええとね、アルフレッドくん、私は貴方のこと好きだけど、その・・・恋愛としてじゃなくて・・・」
「だから、試しになんだって!一緒にいればきっとライナは俺のこと好きになるんだぞ!」
彼はにこにこと笑った。
背筋に嫌な汗が流れる。
どうしてこうなった・・・・?