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カテリーナ

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7.

彼女の家は学校から20分程歩いたところにあった。
私は自宅に、今日は友達の家で夕飯を食べます。と連絡を入れた。
それが一人暮らしの女の子の家だとは、誰も思うまい。
彼女の家に行くのは初めてではなかった。
けれど、中に入れてもらうことは今までに一度もなかった。
高校生の一人暮らしにしてはかなりいいマンションだ。
父が遺産を残して亡くなったという話を聞いていたからそこまで驚かなかったが、彼女は辛い過去がなければ自分とは全く身分の違う人なのではないか、とさえ思った。
中は殺風景というか、女子高生の部屋だとは思えないほどシンプルで、必要最低限のものしか置いていなかった。
きっと、すぐにここから離れられるようにだろう。
ここが自分のいるべき場所ではないと、彼女はわかっているのだ。
いつでも兄のいるところに行けるように。

適当に座って、と言われおずおずとソファに座る。
台所に立つ彼女は、「すぐ何か作るから」と背中を向けた。
新婚さんってこんなかんじなのかな、と思い頭をぶんぶん振った。
期待はすぐに裏切られる。それなら期待なんてしないほうがいい。
きっと泣くことになるのだから。
彼女が料理をしている間、暇だったので本棚を眺めていた。
かなり大きいもので、まだその本棚は埋まっていない。
一番とりやすいところに「カラマーゾフの兄弟」が置いてあった。
私たちを巡り合わせてくれた本。
本棚からそれを取ってぱらぱらページをめくる。
私が読んだのは確か中学3年の時だった。
イワンの「大審問官」には感銘を受けた。
まさか彼女に「イワンみたいなやつだ」と言われるとは思わなかったけど。
ぼーっとしていたら彼女が料理を持ってきた。

「できたぞ」

小さな片手なべには、ポトフが作られていた。
おいしそうなにおいと、広がる湯気が食欲をそそった。

「おいしそうですね。」

「姉さんが、よく作ってくれたんだ。」

彼女は深めの皿にポトフをよそった。

「今日は寒いからちょうどいいだろ。」

「ええ。」

彼女の料理はとてもおいしかった。
おいしいです、と褒めると「これで貸し借り無しだな。」と笑った。
また何度でも食べに来い、とも。

「一人で食べる食事は、さみしいんだ。」

「確かに、そうかもしれませんね。」

殺風景な彼女の部屋は、とても寂しそうに見えた。
彼女はここでいつもどんな風に暮らしているのだろう。
休みの日は、きっと一人きりで過ごしているはずだ。

「ロシアに、行きたいと思わないんですか?」

ふと、口に出してしまった。
無神経な発言をしたと自覚し、口を押さえた。

「す、すみません・・・。」

「いや。・・・何度も、行きたいとは思った。けど、兄さんも姉さんも、がんばってる。だから、私もがんばらなきゃいけないんだ。ここで。一人で。」

そのあと、彼女はぽつりぽつりと、自分の過去のことを話し始めた。
兄と姉とは半分しか血が繋がっていないこと。
彼女の母は自分を産んですぐに亡くなったこと。
兄と姉の母親が、兄の目の前で自殺したこと。

「私はまだ小さかったし、覚えてないんだ。でも、その話を聞いて私が兄さんを守らなきゃって思った。兄さんを一人にしないようにって。」

何も返す言葉が見つからなかった。
彼女の、兄への盲目的な愛は、兄の辛い過去に起因していた。
勝ち目が全くなさそうだ。
けれど、それで簡単に諦めてしまえるほど、私は素直ではないのだ。

「辛い話をさせて、すみません・・・。」

彼女の瞳にはじわりと涙が滲んでいた。
私は彼女の頭を撫でて、抱きしめた。

「私が、私が、兄さんの傍にいなきゃだめなのに・・・もう、半年以上会ってないんだ・・・。」

彼女は自分を鎖につないでいた。
兄への盲目的な愛。義務的な愛。
まるで、ドミートリイを愛し続けた、カテリーナのよう。
ドミートリイはカテリーナという婚約者がいながらも、グルーシェニカと熱烈的な恋に落ち、駆け落ちをする。裏切られたカテリーナはそれでもドミートリイを愛していると思いこみ、自分の本当の気持ちに気づかない。本当に愛していたのは変わらぬ愛を捧げてくれたイワンだったと気づくのは、最後の裁判のシーンだった。

彼女はまだ気づかない。
彼女自身の、盲目に。
近くに、イワンがいることにさえも。

作品名:カテリーナ 作家名:ずーか