カテリーナ
11.
あれから、私は何度も彼女の家で夕食をご馳走になるようになっていた。
彼女の料理はとてもおいしかったし、彼女も一人で食べるより、私と一緒に食べたいと言ってくれたからだ。
まだ寒い日が続いていた。
雪は、降り続いたままだった。
「そういえば、兄さんから、手紙が届いたんだ。」
「へえ・・・噂のエアメールですか?」
「姉さんの様子がおかしいんだって。大丈夫かな・・・。」
タイムラグが必ず生じる手紙では、相手の現在の様子を知ることはできない。
彼女は夕食を食べながら不穏な表情をした。
「お姉さん、どんな様子なんです?」
「ああ、手紙には『いつもぼーっとしていて心配です』って書いてあるな。」
一枚しか入っていない便箋は、すでに折り目がつけられていた。
何度も読んだのだろう。
彼らを繋ぐ、ただ一つだけの手段。
「電話とか、できないんですか?」
「そういえば非常時に、って電話番号聞いたことがある。今は、電話できないな。昼間は二人とも大学だろうし。」
彼女は手帳に書いてある電話番号を確認した。
時計を見て時差を計算したようだ。
「そうですか。お姉さん、病気や何かじゃないといいですけど。」
「夜に電話してみるよ。」
「お兄さんとも、お話できるといいですね。」
にこりと笑うと、彼女は私の顔をじっと見つめた。
「・・・どうしました?」
「どうして、お前は兄さんのことを話すとき、寂しそうな顔をするんだ?」
彼女は、私の瞳をまっすぐ見つめた。
嘘ではぐらかすことが、できないように。
もう、限界かもしれない。
自分の心を隠すのも。友達で、いることも。
ゆっくりと、口を開いた。
「・・・・・私じゃ、駄目ですか?」
突然言われた言葉に彼女は、驚いているようだった。
「貴女は、お兄さんのことを愛さなければいけないと思っているのではないのですか?お兄さんを愛すことが、自分の義務だと思っているのではありませんか?」
ドミートリイを盲目的に愛し続けた、カテリーナのように。
「違う・・・ちが・・・」
「私は、貴方のことが好きです。・・・どうしようもなく、好きなんです。」
彼女の手を、握った。
冷たくなったそれを握る力が、次第に強くなる。
「私では、イワンになれませんか?カテリーナを支えることは、できませんか?」
カテリーナはドミートリイの裁判の中で、イワンを庇う。
それがドミートリイを有罪に導くとしても、彼女は証言を変えなかった。
いつまでも自分を慕ってくれたイワンの愛に、ようやく気づいたのだった。
「イワンだって・・・イワンだって、最期は狂ってしまうじゃないか!」
イワンは裁判が終わると、自分が父親殺しの幇助をしていたことに気づき、気がふれて物語の最後では危篤状態に陥ってしまう。
カテリーナが献身的に看病をするも、イワンが床に臥したまま物語は完結する。
カテリーナは、イワンの寝ているベッドから離れなかった。
「狂いませんよ。貴女がそばにいてくれるのなら。」
「私は、私は・・・・!」
彼女は私の手から離れると、自分の頭を抱えた。
泣いているようにも見えた。
やっぱり、傷つけてしまった。
彼女を泣かすつもりはなかったのに。
「答えがでたら、会いに来てください。それまでは、さようなら。」
彼女の部屋をでた。
彼女は、振り返りもしなかった。
何がしたかったのだろう。
彼女を傷つけて、苦しめて、混乱させて。
今度こそ、大切にしたいと思ったのに。
私はまた、間違えた。
もう一人の私の笑い声が聞こえた。
『だから言ったのに。愛なんて、要らないと。』