カテリーナ
12.
さようなら、と言った。
こっちも見ないで。
「好きだ」と。私を。
我に返ったのは、本田がいなくなってから2時間経ったあとだった。
鍋に残った味噌汁は、もう冷たくなっている。
「どうして・・・」
たくさん、傷つけた。
本田の気持ちも知らないで、浮かれて、兄さんの話をして。
ぽたり、ぽたりと、瞳から涙が零れでた。
「ふ・・っひっっ・・・ううあああああ・・・」
涙は止まらなかった。
まるで子供のように泣き喚いて、涙が枯れるまで、2時間かかった。
姉さんに話を聞いて欲しかった。
姉さんの様子も気になって、ロシアに電話した。
「もしもし、ブラギンスキです。」
「ね・・・さん・・?」
久しぶりに聞く姉の声に、涙が溢れた。
「ナターリヤちゃん!?ナターリヤちゃんなの?どうしたの?何かあった?」
「ねえさん・・・私・・・どうしよう・・・どうすればいい・・・?」
「落ち着いて、ナターリヤちゃん。私にもわかるように、教えてくれるかしら。」
姉さんに宥められて、私は全てを話した。
今まであったこと。初めてできた友達のこと。今日言われたこと。
私は今どうすればいいかわからないこと。
「ねえナターリヤちゃん。それは、イヴァンちゃんと、その本田くんと、どっちが好きかわからないってこと?」
「・・・私は、ずっと兄さんが好きだった。でも、それが義務じゃないかって言われて、怒ることができなかった。反論、できなかった。」
本当に兄さんを愛しているなら、反論できるはずだ。
けど、私はできなかった。
一瞬だけ、揺らいだ。
本当はそうなのかもしれないと、思ってしまったから。
義務的な、愛。
兄さんを想うこの気持ちは本当の愛ではない?
ならば今までの私はなんだった?
兄さんを想い続けてきた私は・・・?
周りのものを見ないで、自分の殻に閉じこもって。
ただ、兄だけを見て、生きてきた。
私は。
「ナターリヤちゃん、覚えてる?三人で暮らしてた時、よく私がポトフ作ったこと。」
「・・・うん。姉さんのポトフ、とってもおいしかった。」
「ポトフ、好き?」
「・・・・うん。」
「じゃあ、一緒にポトフを食べたいのは、誰かしら?」
私が、一緒にポトフを食べたいのは。
「・・・・・・・。ありがとう、姉さん。答え、でたみたい。」
「がんばって、ナターリヤちゃん。お姉ちゃんもがんばるわ。」
「そういえば、様子がおかしいって、手紙に・・・。」
私の不安そうな声を聞いて、姉さんはふふっと笑った。
「大丈夫。私も、ナターリヤちゃんのおかげで答え、でたから。」
「姉さん・・・・」
「さあ、おやすみ。もう遅いでしょう?」
「うん。おやすみ。」
雪は、降り続いていた。
明日も、寒くなるだろうか。
*
私は、本田を探していた。
答えを伝えなきゃ。
昼休み、教室にも、図書館にもいなくて、走り回った。
南棟の屋上に、足を踏み入れる。
寒いから、人はいなかった。
ここもか、と思い背を向けようとしたら、人影が見えた。
手すりに両腕をのせて、ぼーっと景色を眺めている男。
私は静かにそいつに近づいて、後ろから抱きついた。
「・・・・ナターリヤ・・・さん?」
振り返ろうとする本田を遮る。
「こっち、向くな。私、今・・・顔、ひどいから・・・。」
知らないうちに涙が零れていた。
「はい。」
本田は、その体制のまま、私の言葉を待っていた。
何か言わなくちゃ。
そう思うのに、涙が邪魔して、うまく声がだせなかった。
「・・・き、なんだ・・・。」
「え?」
「すき、なんだ。おまえのこと。すき、すき・・・だいすっ・・・ん!」
いつの間にか、本田はこっちを向いていて。
私の唇は、本田の唇に、塞がれていた。
涙は止まらなかった。
本田は、私のことを強く抱きしめた。
「ずっと、そばにいてくれますか?」
私はその問いかけに、ゆっくりと頷いた。
昨日来た、エアメール。
もう、書くことは決まっていた。