Blessing you(英米/R15)
アメリカの別宅に着いてすぐにイギリスは英国紳士舐めんなよと宣言した通りの
腕前を発揮し、厳重に施錠されていたはずの別宅にやすやすと乗り込んだ。
瞬く間にセキュリティや鍵を外していくイギリスにアメリカはかっこいいと
歓声を上げていたがフランスはツッコミすら放棄して、近くの適当な椅子に腰かけ
作業を見守っていた。
ツッコミを入れたところで無視されるだろうし、何より先ほど拳がのめり込んだ
わき腹が痛い。
逃げているわけじゃないんだからねと誰ともなしに心中で言いわけを呟く。
そして手間取ることもなく屋敷に潜入したのだが、リビングに踏み入れたところで
三人は足を止めた。
「これはまた・・・」
「過ごせないってほどじゃないが・・・あいつ、散らかしたままかよ」
「あいつらしいっちゃあ、あいつらしいね」
日本が見たら腐海っていいそうだねと漏らして、フランスは爪先で転がっている
ゴミを蹴飛ばした。
物が腐っているような匂いがしないものの、通販の段ボールやゲームの箱が
そこらに散らばり、考古学の本と漫画がうず高く積まれている。
「よし髭。お前はアメリカとここを片づけろ。俺は客室を掃除してくる」
「はあ?俺にここを片づけろっていうの!?どっちかというと坊ちゃんがこっちでしょ!」
「黙れ。お前に神聖なるベッドルームに立ち入らせるわけにはいかない」
「今、客室の掃除って言ったよね?何でベッドルームに行く必要があるのよ」
「それはまあ・・・色々だ」
ほんのりと頬を赤く染めて言うイギリスにフランスは軽く身を引いた。
「あのさあ、小さいアメリカがいるんだから変なまねはしないでよ」
「するか馬鹿!・・・アメリカ、この髭の言うことを聞くのは癪だろうが
しっかり片づけるんだぞ」
「うん、わかった!俺に任せるんだぞ」
「頑張れよ」
くしゃりと頭をかき混ぜてイギリスはリビングを後にした。
後ろからフランスが何やら喚き立てる声がするが無視する。
それよりもイギリスにはやらなくてはいけない大事なことがある。
階段を上がり、廊下の一番奥の部屋。
アメリカのマスタールームに入ったイギリスはしっかりと内鍵をかけてから気配を探った。
探るのは人間のものではない。ピクシーの気配だ。
瞼を伏せたまま気配を探り、一番濃いところで立ち止まる。
そして何もない空間にイギリスは呼びかけた。
「ピクシー」
呼び掛けに空気が震えるがピクシーは姿を現さない。
イギリスは瞼を持ち上げ、宙の一点に眼差しを向けた。
そしてもう一度口を開く。
「ピクシー、俺は怒っていない。だから姿を見せてくれ」
「・・・本当?」
鈴の音のように愛らしい音の問いにイギリスは大きく頷いた。
元々怒らせたのはアメリカだ。
誕生日だから願い事を叶えてあげようとわざわざ姿を現してくれたピクシーに罪など無い。
ぼう、とろうそくに灯がともる音を響かせ、ピクシーはイギリスの注視していた
空間に姿を現した。
柔らかな金糸に揺らめくラベンダーブルーのドレス。
申し訳なさそうに目を伏せた彼女はアメリカに魔法をかけたピクシーに間違いない。
「久しぶりだな。二百年ぶりか?」
「うん。ごめんねイギリス。私・・・」
「怒ってないさ。その代わり、あいつにかけた魔法を解いてほしいんだ」
涙ぐむピクシーの目元を指先で優しく拭ってイギリスは頼みこんだ。
悪戯やおまじない程度であればイギリスでも解くことが出来たが
魔法となると下手に解いてはどんな副作用が起こるかわからない。
故にピクシーに頼んだのだが、小さな妖精は涙を零しつつ首を横に振った。
「私じゃ解けないの・・・。怒ってかけたからどんなふうに魔法を重ねたか
覚えてなくて・・・」
「解けないのか・・・?」
愕然と目を見開くイギリスに妖精は泣きながら首を振った。
違うの。
かき消えそうな声で言葉を重ねる。
「魔法を解くことはできるわ。祝福を授ければいいの。おめでとうって。
心から祝福を授ければ解けるわ」
「・・・・・・っ」
息を呑んだイギリスはよろよろと数歩後ずさった。
祝福を、とピクシーは言った。
それがどんな意味を持っているかイギリスがわからないわけがなかった。
アメリカと付き合うようになった今でも決して口にすることが出来ない言葉。
その言葉を彼に伝えなければ、アメリカは元に戻らないというのだ。
もちろん、ただ伝えるだけでは元に戻らない。
心からの祝福をアメリカに与えなければならない。
「イギリス、イギリス、ごめんなさい」
「大丈夫だ・・・俺が祝福を、祝福をあいつに・・・」
最後まで口にすることすらできず、がくんとイギリスは膝を折った。
もう耐えきれなかった。
一気に苦しみの奔流が押し寄せてくる。
頭が痛い。息が出来ない。呼吸をしたくても息を吸えば咳込んでしまう。
酷使された喉は血が滲み、口の中が血の匂いで満たされる。
血の匂い。硝煙の香り。止まない雨。突きつけられた銃口。―――――アメリカ。
「イギリス!」
バン、と勢いよく扉が破られる音と共に切羽詰まった声が部屋に響き渡った。
部屋に飛び込んできたのは二人。
フランスと―――――小さなアメリカ。
地面に倒れ込みそうなイギリスをフランスが支える。
今にも泣きだしそうなアメリカが必死に小さな手を伸ばしてフランスを手伝おうとする。
柔らかな絨毯に身を沈めそうになるのを堪えながらイギリスは何度も咳込んだ。
乾いた咳を幾度となく繰り返し、背中を撫でる小さな手に何度も慰められて。
ようやく咳が止まった頃にはイギリスは声を出すのも辛いほど消耗しきっていた。
作品名:Blessing you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう