ダランベール
すんなり店内へと通らされて、帝人は内心複雑だったが、結果オーライだと自分に言い聞かせた。
今の優先順位は杏里だ。
杏里はどこにいるのだろうか。
帝人は店の中を見渡し、何グループかに別れた女子中高生しかいないこと気づいた。
ここは女性限定ではない。
女子中高生限定の店だ。
帝人は不審に思いつつ、杏里を探すが一向に見つからない。
焦る帝人はトイレから出てきた女子高生を目にして違うと判断したが、何かが確かに違うが、そうではないと訴えていた。
これは手がかりだ。
なぜなら、杏里は誰にここへ連れられた?
帝人はトイレに向かった。
呪文のように今は杏里だと唱えながら。
杏里を免罪符に使ってるような気がしないでもないが、使えるものは使ってしまえと帝人は思った。
どんな些細なことでも気になるのなら、追求すべきだ。
あとで後悔するのは自分なのだ。
実際傷つくのは杏里なのに、帝人が傷ついたかのようになる。
帝人は傲慢にも思ってしまうのだ。
杏里には真綿に包まるような平穏の中にいてほしいと。
帝人は勝手な願いだとわかっているが、杏里にはどうしてもそう思ってしまう。
しかし、帝人がそう思うのは杏里だけだった。
それだけは少し不思議だった。
杏里はいた。
いるにはいたが、一人ではなかった。
二人の若い男が杏里を囲って怪しげなものをすすめている。
帝人は男がここにいる違和感と嫌な予感に襲われた。
帝人と杏里の目が合う。
杏里は一目で新しく入ってきた人物が帝人だと分かった。
普段と違う格好をしている帝人は杏里が自分だと気づくことに色々、本当に複雑な気持ちだが、気づいてくれて助かった。
が、今の状況は変わらない。
二人組の男達は不審そうに帝人を見るも、杏里と帝人が顔見知りだと気づくと、一人の男が帝人の手首を掴む。
帝人は「離せ」と声をだしそうになり、躊躇する。
声で帝人が男だとばれる可能性を考えた結果、帝人は沈黙した。
杏里は帝人がここにいる理由が自分にあると正しく理解していた。
女装までして杏里を助けに来てくれた。
そこまでの過程は知らないが、杏里はここに帝人が自分を心配して来てくれたことは分かった。
だから、杏里は知らない男が帝人に触れていることが嫌だった。
嫌悪にも似た気持ちを感じた。
杏里は今にも自分の中から罪歌が飛び出してきそうなのをなんとか抑えた。
まだ帝人の前で堂々と罪歌を見せるわけにはいかない。
でも、かまわないと思う自分も杏里の中にあった。
杏里は困惑した。
帝人は声は出せなかったが、かなりの強さで抵抗した。
思いのほか強い抵抗に男はイラだったのだろう、帝人の手を強く引くと急に力を弛めた。
帝人はふわと浮き、そのまま男の方へ倒れそうになったが、なんとか踏みとどまる。
だが、力の入らない帝人はもう一度男に引き寄せられたら抵抗できない。
おもいっきり男を押すと、帝人は後ろの方へ傾く。
ちょうどその時、トイレの扉開いた。
帝人は慣性のままどうすることもできなかった。
杏里は帝人が倒れるのを阻止したかったが、トイレに入ってきた人物に驚いた。
そんな杏里に入ってきた人物は安心させるように笑った。
「大丈夫かい?」
その人物は帝人を受け止めると、そう聞いた。
色眼鏡をした、派手なシャツに白いスーツ男。
いかにもという感じだったが、帝人はなぜか安心した。
たぶん杏里のほっとした表情が帝人の視界に入ったからだ。
帝人が頷くと、男は若い男達の方を見た。
男は一見笑っているようだが、目が笑っていなかった。
それを感じ取ったのか、男の後ろに店長を見つけたからか、若い男達は後ずさる。
「お嬢ちゃん達はここにいちゃ危ないからねぇ。店長、よろしく。ああ、余計なことしなくていいからねぇ」
「は、はい!」
店長はそれは恐ろしい思いをしたのか、男にたいして従順だった。
杏里と帝人は店長に連れられて裏から店の外の出た。
帝人は門田達にもう大丈夫だというメールをした後、杏里に先ほどから気になっていることを聞いてみた。
「あ、あの」
「?」
「知り合いなの?」
「はい。昔いろいろお世話してくれた方で、赤林さんていいます」
「へー、そうなんだ」
帝人は知れずに杏里の過去に少しだが触れドキドキした。
だからその赤林が帝人の後ろに立っていることに気づかなかった。
ふっと耳に息を吹かれ、帝人は飛び跳ねた。
「ひゃあえ」
耳と言わず、顔も真っ赤にして、左耳を両手で抑える帝人の反応に赤林と杏里が笑った。
赤林はともかく、杏里にもくすくすと笑われ、帝人は情けなかった。