夜があけるまえに
それはわたしが女として見られていないということなんでしょうか。撫でていた手をとめて、自分の膝にもどします。そりゃあわたしはチビだし色もくろいし、おっぱいだっておおきくないし、彼が普段目にしている女性にくらべたら、まったく色気も魅力もないんでしょうけれど、だけどそれなりに、気にしたりもするんです。ぎゅうとこぶしを握ったら、そっと彼の掌が触れました。
「ああ、違う、違うんだよセーシェル」
「なにがですか」
「ごめんね、すねないで」
「す、すねてなんか!」
ばっと彼のほうを見たらすごくやさしい顔で笑ってるんで、もうなにも言葉が出なくなりました。少し荒れているけど、やっぱりこのひとはきれいだなあ。それにしてもどうしてわたしのおもうことがわかるんでしょうか。エスパーか。
「ちょっと仕事がごたついてね」
「はい」
「もうすんごく疲れちゃって、したらすんごく癒されたくなって」
「はい」
「気付いたら髭もそらないで、飛行機にのっちゃってたの」
「はい」
「取り繕う暇もないくらい、はやくきみに会いたかったんだよ」
そんなそんなそんなそんな、そんなころしもんく!!わたしはもうたまらなくて、胸より目の奥がいたくなっちゃって、うまい切り返しもできないで、あたまがくつくつ煮たっているような、感覚をおぼえてしまって、こまります。
こんな美人なひとにこんな言葉を言われたらときめいちゃってもしかたがないことです。いや、ちがいます、そうじゃなくて、じぶんにとって、認めてほしいひとに、こんな言葉を言われたら!!
そういったわけでわたしは眠れないのです。夜が来る前に彼は帰っていきましたが(あしたも朝から会議だそうです)、手のおおきさとかあたたかさとか、澄んだ目の色とか、低い声とか、思い出せばきりがないくらいに、プレイバックしてきて、わたしを安眠に導いてはくれないのです。動悸がはやい。
わたしは二三度寝返りをうって、そうしてまた目を閉じます。寝たいけれど寝てしまえば忘れてしまいそうです。思い出せなくなるまえに、また彼はきてくれるでしょうか。ゆめはものたりないので、やはりここにきてほしいんです。
わたしはむくりと起き上って、枕元にほうりなげてた、みどりいろのパーカーを羽織ってでかけることにしました。