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303号室の食卓

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 「ていうか暇ならご飯よそって下さいよ」
 「もうよそった」
 「僕の分も!」
 「お前の分だよ。俺のはこっち」


 「・・・・・僕、そんなにご飯食べませんよ?」


 「よそわれたもんは食え。よそわれなくてもお前はもっと食え」
 「静雄さんは人の家のご飯食べすぎです」
 「だってお前、新米うますぎだろ。神か」
 「・・・・一杯300円」
 「醤油でチャラだろ」



 「「・・・・・・・(イラァ)」」



 テーブルを挟んで睨み合いながらの言い合いも最早恒例。けれど譲る気はなく堂々と相手を睨み返す、そんなことを続けているうちに耐えられなくてぷ、と噴出した。
 それを合図かのようにかかるいただきます、の声がやけに弾んでいて笑う。和やかな食卓の風景。まるで実家にいた頃のような。



 (・・・なんかもう、当たり前だなぁ)



 二ヶ月前、両親が海外へ旅立ってしまってから、初めての一人暮らしに不安でガチガチだった帝人を、いろんな意味でぐっちゃぐちゃに解してくれたのは静雄だった。
 借りた醤油で作った肉じゃがを持っていった結果、いくらでも醤油貸してやるからまたなんか作れ、と言われてこんな奇妙な食卓を送る羽目になったことは誤算だったけれど、それだってやっぱり、どちらかというと嬉しい誤算なのもわかっている。


 だって。


 暖めすぎた味噌汁、味付けの濃かった煮物、しょっぱい!としかめた顔を、指摘する人のいない寂しさ。いつだって、どうしたって、一人で食べる食事はとてつもなく味気ない。



 帝人と同様に、同居していた弟が仕事の都合で家を出て行ってしまってから一人で食事をとることの多かった静雄が、なんだかんだ言ってこの奇妙な食卓を楽しんでくれているのもわかっている。
 ただ、先週一緒に買い物に行った際、醤油を買おうとした帝人に、

 「俺んとこにあるだろ」

と思わず、といった風に口走ってしまった静雄の顔は思い出してみても随分笑えたのだが、冷静になって考えてみると、内容が内容だけにこれがなんっにも面白くない。ていうか寒い。
 あとはひたすらに恥ずかしくて、なんだか情けない気も少々。けれど懲りずにこうして食卓を囲んでいるので、実際はそう嫌いじゃないのは認めよう。ただし、ただしである。


 (・・・それにしてもあれはひどい)


 それはわかるのだが、昼間はお互い学校と仕事で家にいないのでお弁当を作り、朝晩の食事は共に摂る。その生活サイクルを、それってもう結婚寸前のカップルだろ、と笑った幼馴染の顔を思い出す時には、どう頑張っても寒気がした。なんてこと言うのさ!脳内で必死に言い返す帝人を、思わずぶち当てたとろとろの玉子焼きに塗れた幼馴染が目を細めてみている。
 そしてその顔をみてはた、と思い出すことがまた一つ。
 無残な姿へと変えられた玉子焼きもそういえば、静雄好みに砂糖を大量に入れたものだった、その事実。更に悲惨なのはわかっている。の、だが。




 「ご飯美味しいなぁ・・・・」

 思ってしまうのだ、一人の寂しさを経験すると。

 「はぁ?当たり前だろ新米なんだから」
 「新米の話じゃないですよ!どんだけ新米好きなんですか!」


 いくら他愛のない口論をしても、空になった食器を見るのは嬉しいし楽しい。玉子焼きの甘さが丁度良い、と褒められたときは舞い上がるほど嬉しかった。それもまた事実。
 それに加え母もこうだったのかなと今更ながら、毎朝毎晩、家族のために食事を作ってくれていた母親へ感謝の気持ちも生まれた。大人になれた。これだけで、マイナス感情などいつもすぐに忘れてしまう。


 「ていうかお前なんで目玉焼きにも醤油なんだよ。普通ソースだろ」
 「僕結構なんでも醤油が好きなんです」
 「じゃあ余計醤油買えよな」
 「え、でも僕が醤油買ったら静雄さん用済みですけど・・・」
 「・・・・てめぇ・・・・」



 日常茶飯事と化した口論はやまない。でも、一人で摂る食事の味気なさを知っている二人には、これ位が(多少やりすぎた感はあっても)寂しくなくて良いのかなと思う。
 それなりの手加減をして飛んでくる拳を避けながら、僕がもしお醤油買ったらどうします?と茶化した声には、やけに自信のある声で「毎朝ソース借りに行ってやるっ」との返答が。
 なんて頼もしい!!爆笑しながら遠い異国の母を想う。一人暮らしの心配をしていた母、寂しくないかと電話を寄越した母。濁してしまった返事を、静雄さんの頼もしい返答に後押されて今になって返す。





 (母さん僕もう、)




 (・・・・心配、ないです)











作品名:303号室の食卓 作家名:キリカ