雪柳
きり丸
最後まで一緒にいた。
生きてほしかった。
生きていてほしかった。
けれどその願いは乱太郎にとってはただ苦しいことでしかなかったのか。
それに気付かなかった自分に憤りを覚える。
「しんべヱ」
「…皆」
あれから数日立っていた。
乱太郎のことは学園の全ての人間に伝えられていた。
学園長からの言葉。それを実際に見た土井の言葉。誰も何も言えなかった。
乱太郎が何を思い何を願ったか。
そしてそれを行ったのは自分達の所為なのだとつきつけられた。
「きり丸は?」
「いつものところ…」
「そっか…。じゃあ、邪魔しちゃダメだよね」
「でも、少ししたら行こうよ。きり丸も別に来るなとは言ってなかったから」
「そうなんだ?」
「うん。だから、皆で行こうよ。乱太郎のところにさ」
「そうだね。乱太郎って、結構寂しがり屋だし。皆で会いに行こうよ!」
「僕も乱太郎にこのからくりみせなきゃ。一番新しいんだよってね」
「そうだね。行こう。皆で」
誰もが思う。ここにいたはずの乱太郎。でもいない。皆を守って眠ってしまった。でも、死んだ訳ではない。あそこに乱太郎はいるのだ。
「お前達」
「土井先生」
「乱太郎のところへいくのか?」
「…もう少し後でですけど」
「ああ…そうか」
今ここにいるのはきり丸以外の子供達。今、行くことは出来ない。
「土井先生?」
「ああ。行く前に私たちの部屋に来なさい。いいか?」
「どうしてですか?」
「私と山田先生もいくからだ」
土井の言葉に皆キョトンとする。
「…そうか。あんなことがあったからなぁ。忘れているかもしれないな。お前ら今日は乱太郎の誕生日だろ?」
「「「「「「「「「「あ!!!」」」」」」」」」」」
「だから、皆でお祝いにいくんだ。おばちゃんに甘味とか色々用意してもらってるんだ。それを持っていくぞ。…お前らも乱太郎に何か渡したいものがあれば用意しておきなさい」
「「「「「「「「「はい!!!」」」」」」」
それぞれがとてもいい顔をして笑った。
「乱太郎」
繭の中で眠る乱太郎を見上げる。
「オレは…お前に生きていてほしかった」
きり丸はつぶやく。
あのとき三人で生き残ったのは本当に自分達が起こした奇跡のようなもの。は組が最後まで生き残り、そして自分達が残った。
「最後まで…一緒にいればよかった」
繭に触れる。乱太郎には届かないけれど。繭の暖かさは乱太郎の優しさが表れているのだろう。いつきてもいつ訪れてもここは暖かい。
きり丸もしんべヱも後悔していた。そうして、最後まで乱太郎と一緒にいることを選ばなかったのか。そうすれば違う結果が見えていたはずだ。乱太郎も自分を犠牲にしてまで願うことはなかったのかもしれない。
「…乱太郎」
きり丸はただそこで乱太郎の名前を呼ぶことしかできなかった。
それから少しだけ時間が動く。
「きり丸」
「…先生、皆?」
名前を呼ばれて顔をあげてみればそこにはは組ふが全員そろっていた。
「大丈夫か?」
「はい」
「そっか」
土井はきり丸の頭を撫でた。きり丸は少しだけ泣きそうになる。そんなきり丸をしんべヱの手がぎゅーっと握りしめた。
「きり丸」
「ん? なんだよ」
「今日は何の日か…覚えてる?」
「今日…?」
少し考えてきり丸はあっと声を出した。そして、言葉にした。
「今日、乱太郎の誕生日だったな」
「そうなんだ。あんなことがあったから僕らも忘れてたんだけど」
「土井先生と山田先生がね」
皆、担任を見上げる。二人はニコリと笑って言った。
「可愛い教え子のことを忘れる訳がないだろう?」
「そうだ。それに、こんなことがあったからこそ…、祝ってやりたいからな」
「そうですね!」
「…オレ、何も用意してないです」
「きり丸、乱太郎はお前がいればそれでいいと思うぞ」
「僕もそう思う」
しんべヱの言葉にきり丸も頷く。
それからは、は組の皆は大騒ぎ。
今日は先生もハメを外してお酒を少しだけ飲んだ。この空間であれば問題はないとわかっていたから。
皆、眠っている乱太郎におめでとう!っといい。そして、今日はね、こんなことがあってね? とか、誰がこんなことをしてたんだよ!とか、先輩がねこんなこと言ってたのなど話は尽きなかった。乱太郎と一緒にいることがもう出来ないことはわかっている。けれど、それでも学園であったことを話したかった。共有したかった。
最後に、おばちゃんが作ってくれたお菓子を皆で食べる。ちゃんと乱太郎の分もある。そして、それぞれに用意していたものを乱太郎の周りにおいていった。誕生日おめでとうという言葉と共に。
「ねえ、皆」
「なんだ? 喜三太」
「ここさ、僕らで少しずつでいいからお花でいっぱいにしてあげようよ! 乱太郎が一人でも寂しくないように。毎日誰か必ず会いに来よう?」
「いいね。それ」
「じゃあ、来た人が必ず乱太郎にお花を持ってくるっていうのはどう?」
「それ賛成! 先生達も参加ですからね?」
「私たちもか?」
「はい! だってそうした方が乱太郎が喜びますよ!」
子供たちの言葉に土井も山田も苦笑した。
その行いは学園にないに広がり、乱太郎の周りには華が絶えることはなくなるのは少し後のお話だ。
そして、日も暮れて帰る刻となった。
「乱太郎、またくるからね」
庄左エ門が繭に触る。
「絶対に来るから」
と伊助がいい、
「今度は乱太郎が寂しがらないようにカラクリ箱作ってくるからね」
「待ってってね」
兵太夫と三治郎が続いた。
「僕となめさんのお話もまたしてあげるね!」
「またくるから」
喜三太を金吾がそう約束する。
「今度は一年生皆でくるな」
「それまで寂しいって泣くなよ?」
虎若と団蔵が笑いながら話す。
「乱太郎…寂しかったら絶対に呼んでね? すぐくるんだから」
「…しんべヱの言うとおりだ。絶対に呼んでくれよ」
しんべヱときり丸が繭に触った。
「おやすみ、乱太郎」
「ゆっくりと休んでくれよ」
山田と土井だ言った。
そして、子供達と先生は帰っていく。そこに一陣の風が吹く。そして、は組の皆の頬を撫でた。それは、優しい手の感触だった。誰もが、神社の方を向いた。そして。
「今のって…」
「乱太郎?」
「だよね!」
「そうだったよね!」
「じゃ、…僕らの言葉ちゃんと届いてたのかな?」
「届いてたんだよ!」
「じゃ、これからもやっぱり話けてれば起きるかもしれないね」
「そうだな」
「毎日、いける人は行こうね!」
「絶対にね!」
もう起きることはないとわかっているけれど。
それでも、信じたい
もう一度、乱太郎が目を開けて笑ってくれることを。
「乱太郎…」
「お前はどこまでも…お人好しで優しいんだな」
土井と山田は神社の方を見上げた。
『ありがとう、皆』
そう聞こえた気がした。