そういうわけなので彼女にはさわらないでいただきたい。
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それから、臨也は不本意ながら静緒のアパートの近くで不審者が出ないよう見張っている。ここまできてしまったんだから仕方 ないと腹を括ってから、2時間だ。
気持ち良い春の陽気はその間に冷たい風と暗い空に移り変わり、身を隠した横路地もじめじめと体温を奪っていく。あの子が帰ってきて、 無事に部屋に入ったら帰ろう。こんな馬鹿なことは今日かぎりだ。というより自分がストーカーみたいじゃないか、こんなこと。
へくし、と間抜けにくしゃみをしてぶるっと震えた時、ようやくコツコツとパンプスの足音が近づいてきた。腕時計で確かめると夜の9時 前だし、多分彼女だろう。姿を現そうか。
(やめとこ…今行ったら殺されるし)
そんな気持ちじゃない。
とりあえず不審者も出なかったし、今日は帰ろう。
ナイトの柄って感じじゃないし。
足音が通り過ぎたのを確かめて、横路地からひょいと頭を出したら見慣れた女の子の後ろ姿が外階段を登っていた。あんな短いスカートはくから変態に狙われるんだよー。知らないけど。
ぱしゃんと音を立ててドアが閉まる音。任務完了、お疲れ様です。
なんとなくホッとしながら大きく伸びをして、アパートに背中を向けた。
男が、臨也の横を通り過ぎたのはその時だ。
黒いジャケットを羽織った若い男だった。アパートの住人だろうか。
違う気がする。
臨也は小さく息を吐いて、もう一度アパートに向き直った。十中八九、奴が例のストーカーだろう。自分でもよくわからないけれど、こんな時の臨也の勘はよく当たる。特に静緒に関する事の勘は。
さて、困った事がある。
ここであの不埒な輩を退治するのは簡単だ。けれど、静緒はさっき帰宅したばかり。
つまり騒げば確実にばれる。
ばれたらどうなるだろう。
「シズちゃん!君を狙う害虫を退治したよ!もう安心して!」「害蟲はてめえだクソノミ蟲野郎死ね」…考えただけで虚しい。
下手すればストーカーさえ臨也の差し金だと勘違いされそうだ。
それに、なんだか悔しくもある。
対臨也の時はあんなにガードが固いくせに、あんな変態がまとわりつくのには気付かないなんて。
がさがさとゴミ袋を漁りだしたストーカー(確定)をまた横路地から観察しながら臨也は思考を巡らせていた。この際だ、俺もちょっとくらい楽しませてもらってもいいんじゃないだろうか。
そうだ、むしろ一度怖い目にあえばいい。
さっきまでそれを阻止する為に寒い思いをしていたのを意識的に忘れて、その思いつきに顔を綻ばせた。
なんか違う!と騒ぐ胸には、気付かない振りをして。
作品名:そういうわけなので彼女にはさわらないでいただきたい。 作家名:佐藤