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平和島静雄の困惑


 静雄は朝から機嫌が悪かった。朝のホームルームに新羅が出席していたからだ。新羅は、体育祭の翌日欠席し、それから週末を挟んで一週間連続で遅刻だった。不規則な時間に登校してきても新羅は何も言わなかったが、静雄には心当たりがあった。今までにも、何度か同じことがあったからだ。

 文化祭当日の朝、日直で早く出るという弟と共に登校した静雄は、学校に辿り付く事が出来なかった。不良連中に囲まれるのはそう珍しいことでもなくなっていたので、さほど驚かない。結局キレて一掃することも、不本意ながら珍しくない。しかし、その日静雄の前に立ち塞がったのは、チンピラでもやくざでもなく、所謂レディースの集団だった。静雄は困惑した。男だったら間違いなく叩きのめすのだが、同年代の少女に同じ仕打ちをするのは気が引ける。とはいえ、暴言一つ投げつけられればキレてしまう性分だ。静雄に手段は一つしかなかった。
 弟の手を取って逃走しようとした静雄だったが、状況に面食らっていた分初動が遅かった。一人の少女が投げつけた鉄パイプが、よりにもよって弟の背を打つ。足を止めた弟を振り返った静雄が状況を理解し、結局後はいつもどおりの光景だった。

 静雄はその日のことを思い出して、つい、ボールペンを握りつぶした。インクが漏れて手を汚す。隣の生徒がぎょっとしたのに気付いたが、気にしないことにした。静雄は手元の紙が汚れなかったことを確認すると、予備のボールペンを使って几帳面に記入を続けた。
 帰りのホームルームで配られたそれは、よりにもよって文化祭についてのアンケートだった。静雄の記憶を刺激する。そのアンケートは大きく三つに分けられており、文化祭の準備期間について、文化祭当日について、来年の文化祭について、それぞれいくつかの質問で構成されていた。静雄は真ん中の設問をとばして全て記入し、ボールペンを投げ出した。

 弟の病院に付き添っていた静雄が、家に戻ったのは昼過ぎで、結局登校は諦めた。自室に篭って鬱々と過ごす。準備の間は、新羅の提案で比較的上手くやれていたのだが。静雄はベッドに寝そべりながら、少し申し訳なく思った。
 不意に、静雄は枕を壁に叩き付けた。凄まじい勢いで壁にぶつかった枕は、間抜けな音を立てて床に落ちた。静雄は気付いていた。少女達は静雄だけでなく、弟のことも認識していた。そういう手合いは、間違いなく、静雄の最も嫌う人間が絡んでいるのだ。
 静雄はその晩早くに眠りに付き、翌朝時間通りに目を覚ました。幾分すっきりした頭で、静雄はその日の予定を決めた。
 ――――――殺そう。
 そして、高校生活初のクリーンヒットを放つ。衝撃で吹き飛んだ臨也が、距離を活かして逃げおおせてしまったので、結局予定は果たせなかったが。

 静雄は、ホームルームが終わってすぐに席を立った。新羅が朝から来ていたということは、臨也も登校しているのだろう。視界に収めずに帰りたい。平和な日々が終わってしまったことを、静雄は残念に思った。
 しかし、平和な日々が終わったということは、今日は平和ではない日なのだ。廊下に出た瞬間、示し合わせたかのように、静雄は臨也と鉢合わせた。頬に大きなガーゼを張っているので一瞬誰だか分からなかったが、これは折原臨也だ。静雄と周囲の生徒が状況を把握した瞬間、爆ぜた。
 拳を固めて振りかぶる静雄から、臨也が後ろに跳ねて距離を取る。周囲の生徒は慣れたもので、早々に避難していた。
「久しぶりなのに随分ご挨拶だね。もしかしてまだ根に持ってるの?」
 臨也は軽い揶揄の口調で言った。
「うるせぇ、黙れ、死ね」
「毎回同じ台詞ってアニメの悪役みたいだね。せっかくだけど今日はシズちゃんに付き合う気は無いよ。見てコレ。どっかのバカにやられてこのザマだよ。酷いと思わない?」
「だったらよぉ、俺が反対の顔も同じようにしてやるよ」
 芝居がかった臨也の仕草に、静雄の米神に血管が浮き上がる。それを見て、臨也は一際人の悪い顔で笑った。
「ねえ知ってた? あのレディースの中にさ、うちの三年の人もいたんだよ」
 臨也は毒を吐く。
「黙れ」
「その人、今日も学校来てないよ。どうしてだろうね」
「黙れ」
「レディースって言うからどんな強面かと思ったらさ、みんな結構普通だよね。シズちゃん好みの子いた? 紹介してあげようか」
「死ね!」
「遠慮しとく、よっと。」
 臨也は廊下側の窓枠に飛び乗り、言い終わるや否や一階へ飛び降りる。静雄も、躊躇い無く後を追った。ちなみに、臨也は壁に足を掛けて衝撃を分けて飛び降りたが、静雄は文字通り二階から飛び降りた。この差が先週の明暗を分けたのだ。

 二人が去った廊下では、教室の隅に避難していた生徒達が顔を出し、それぞれに安堵の溜め息を吐いていた。そのうちの一人だった新羅は、投げ出されたままの静雄の鞄を拾った。
「まったく、復帰早々飽きないな」
「臨也はマラソン行ったのか」
 新羅は、独り言に返事が返ってきて驚いた。声の方に視線をやると、見覚えのある人物が立っていた。
「ついさっきね」
 新羅が廊下の窓を指し示すと、門田は溜め息を吐いた。一直線上にフェンスを乗り越える臨也と、それを追う静雄の姿があった。
 門田が臨也を追ったのは、結局マスターキーを返しそびれていたからだ。今日返そうと思ったのだが、遅れて来たと思ったらいつの間にか姿を消していて、帰りのホームルームまで姿を現さなかった。
 文化祭の朝はギリギリに登校してきたものの、気ままに出かけたり、帰ってきたと思ったら材料を漁って引っ掻き回したり、突然美味いコーヒーの淹れ方をレクチャーし始めたり、奔放を極めてそれどころではなかった。翌日の体育祭に返せばいいかと高を括っていたのだが、結局リレーの変わりにマラソンに行ってしまった。マラソンというのは、静雄と臨也が学校中を駆け回るので、一部の生徒が使っている隠語だ。そのまま今日まで登校して来なかったので、マスターキーはすっかり門田のポケットが定位置になっていた。
「静雄は今度は何怒ってんだ?」
 門田の質問に、新羅は軽い口調で答える。
「静雄が何を怒ってるかってのは難しい問題だけど、今回は文化祭の日に臨也があれこれ画策したからじゃないかな? 急ごしらえの雑な計略だったみたいだけど、相手が女の子だったり、弟が怪我したりして、……相当堪えたみたい。一発じゃ気が済まなかったんだろうね。いやあ、君にも見せたかったな。殴られた臨也の顔」
「顔のアレ、やっぱりそうか」
 門田の席からは丁度臨也の左側が見えるので、顔を見たときには驚いた。
「そういえば、君の家って保険証ある?」
 新羅が唐突に話題を変える。
「あぁ、それが何だ」
 意味が分からずに聞き返す門田に、新羅は邪気の無い笑みを向けた。
「あの馬鹿野郎がまた殴られたら、それちょっと貸してくれる? 自分のがあったと思ったんだけど、家探しても見つからなくてさ」
作品名:恋文 作家名:窓子