恋文
臨也を追って街を駆けていた静雄だが、今日は撒かれてしまったようだ。漸くそれを認めた静雄が我に返ると、そこは見知らぬ住宅街だった。我武者羅に追ってきたので方向感覚が全くない。普段から街で撒かれることもあるが、そういう場合は自然と人が多いところだった。こんなことは初めてだ。
迷子状態の静雄が、どうやって帰ろうか思案していると、突然背後から衝撃が走った。静雄がわけもわからず振り返ると、視界に入ったのは、小さな頭が二つ。二人そっくりな背格好に、見覚えがあった。静雄は黙って考え込む。
「臨也の妹……か?」
静雄の記憶から、以前新羅と歩いていたときに出会った双子の少女が引っぱり出された。あの人でなしに妹がいるというだけで驚いた覚えがある。しかし、何故その双子が一度会っただけの自分にしがみついているのか。静雄が注意しながら二人の頭を引き離すと、唇をかみ締めて今にも泣き出しそうな顔をしていた。静雄はぎょっとしてしゃがみこみ、双子に目線を合わせる。静雄は双子の名前も覚えていなければ見分けも付かなかったが、ここで放っておくほど冷酷にはなれなかった。
「おいどうした、あの兄貴になんかされたのか?」
静雄としては一番可能性のありそうな線を尋ねるが、双子は揃って首を横に振る。
「しずおさん、お兄ちゃん、知らない?」
「お兄ちゃん、ずっと会ってくれないの。家にもいなくなっちゃった」
知るも知らぬも、ついさっきまで追いかけていた静雄には意味が分からない。臨也のことを思い出して不快に思ったが、拳に力を入れてやり過ごした。
「会ってくれないって何だ?」
「ここ一週間ぐらい、帰ったら、ごはんだけ、あって」
「お部屋に鍵が掛かってたのに、今日は開いてて、いなく、なっちゃった」
話しているうちに、双子は本格的に泣き出した。泣き声の大合唱に静雄は戸惑うが、どうすることも出来ず、結局泣き止むまで待つことした。棒立ちする金髪の高校生と、号泣する双子の小学生の組み合わせは異様な光景だったが、幸い通りかかる者はいなかった。
双子は泣きに泣き、三十分後にようやくぽつぽつ話しはじめた。双子の話を纏めるとこうだ。ここ一週間、双子が学校から帰る頃には食事の用意とメモだけがあって、臨也本人が姿を現さない。部屋をノックしても返事は無いが、鍵が掛かっているので中にいるようだ。それが今日帰ってみると、食事の用意も無いし、臨也の部屋は開いていて誰もいなかった。不安になった二人は家を飛び出し、周辺を探し歩いていたらしい。
「親はどうした」
静雄はとりあえず気になったことを口にした。双子の言いようだと、随分兄への依存度が高い。
「お仕事が忙しいから朝しか会わない」
「日曜日はお母さんがいたけど」
「土曜は?」
「土曜日はしんらさんが来てた」
静雄は目を丸くする。思わぬところで出た同級生の名前に、おおよその状況を理解した。
「とりあえず、今日はもう帰れ」
双子の言いようから察するに、今日は丁度入れ違いになったのだろう。
「でも……」
「送って行ってやるから」
既に日が傾いてきていた。静雄が慎重に双子の頭を撫でると、双子はそれぞれに静雄の手を掴んだ。静雄は振り払おうとしたが、やめた。双子に導かれるままに、夕暮れの街路を歩く。
「しずおさんはお兄ちゃんのお友達だよね?」
静雄は触れている手を握りつぶさないように全神経を使った。大きく息を吐き出す。
「しんらさんのお友達でしょ? だからお兄ちゃんともお友達だよね?」
友達の友達は、必ずしも友達ではない。しかし小学生相手に何と答えるべきか、静雄は悩んだ。
「……友達じゃねぇ」
結局どうすることも出来ずに、精一杯オブラートに包んで答える。実際は日頃から殺し合いのような喧嘩を繰り返す仲だが、そう言うわけにもいかない。しかも、こうして双子が不安がっている原因の一端を担っていると思うと、複雑な気分だった。
「どうして?」
「……好きじゃねぇから」
静雄はそろそろ双子の手を離すべきかと思いあぐねていたが、次の一言で思考が止まる。
「やっぱり、お兄ちゃんが悪い人だから嫌いなんだ」
その内容は臨也を表現するのにふさわしかったが、先ほどまで臨也に懐いている様子だった双子の口から出るには不自然だった。
「なんでそう思うんだ?」
静雄は純粋に疑問に思った。しかし、双子は既に臨也の妹だった。思わぬ深みに嵌まる。お兄ちゃんには内緒にしててね、そう前置きをして、九瑠璃と舞流は口を開く。
「お兄ちゃんに女の人から手紙が来たの」
「それを内緒で開けたの」
静雄は思うところがあったが、口を挟まなかった。
「読めない漢字があったけど、辞書を引いた」
「前にお兄ちゃんが辞書を引きなさいって言ってたから」
静雄は黙ってうなずく。
「手紙には、ごめんなさいって書いてあった」
「もう手紙を送るのはやめてくださいって書いてあった」
静雄は首を傾げた。
「もう三年もたったのに」
「許して」
静雄は眉を顰める。
「一緒に写真も入ってたの」
「うちの家族の写真」
静雄には全容が掴めない。しかし、良くないものだということだけは分かった。静雄は何と言っていいか分からず、沈黙する。
「ねぇ、しずおさん。内緒にしててね。お兄ちゃんは大人の方ばかり向いてるから知らないの」
「私達、三年前のことを覚えてる。包丁を持った女の人が来たことを、覚えてるの」
静雄は目を丸くする。
「そのあとしんらさんがきたのも覚えてる」
「ねこさんがスーツケースを持っていったのも覚えてる」
静雄の脳裏に黒いライダースーツが浮かぶ。
「手紙の字が滲んでた」
「雨も降ってないのに」
双子は静雄の手を握る力を強める。
「しずおさん、三年って長いのかな?」
「お兄ちゃんとその人はどっちが悪いのかな?」
双子は静雄を見上げた。静雄は何も答えなかった。
「お兄ちゃんのことは好きだけど」
「意地悪する人は……嫌い」
双子はそこまで話して黙り込んだ。静雄は言うべき言葉が見当たらず、三人で黙々と歩く。しばらくすると、双子の片方が静雄の手を引っ張った。