恋文
「しずおさん、運動会に来てよ。土曜日」
「……なんだそりゃ」
「お兄ちゃんは嫌って言うの」
「もう一回頼め」
「もう百回頼んだもん」
双子は、お互いの顔を見てもいないのに、揃って頬を膨らませる。
「そういうのはな、行くって言うまで頼むんだよ」
静雄がぶっきらぼうに言い放つと、双子は揃って首を傾げた。
些細なやり取りをしながら歩いていると、とある一軒家の前で双子が足を止めた。表札には折原と書かれている。
「ここか」
双子が頷く。何の変哲も無い一軒家だ。臨也の家だと思うと柱の一本も折ってやりたいが、子供の手に意識を引き止められた。静雄は早々に離脱しようと双子を促がす。
「ほら、家入れ。兄貴ももう帰ってるよ」
適当な物言いだったが、臨也は家の方向に逃げていたのだから、その可能性は高かった。
「ほんと?」
「いや、分かんねぇけど。お前らが腹空かせてるの放っておかねぇだろ。多分」
静雄の発言には説得力は無かったが、二人は励まされたようだ。首に下げていた鍵を取り出して玄関を開け、そっと中を伺う。
「靴がある!」
嬉々として報告する双子に、静雄は複雑な気分で片手を挙げた。
「良かったな。じゃあな」
「うん! ばいばい!」
「ばいばーい!」
しかし、そこで静雄は一つ問題を思い出す。慌てて双子を呼び止めた。
「ちょっと待て!」
玄関を閉めかけていた双子が、顔だけを扉から覗かせる。
「……駅、どっちだ?」
双子に教えられた駅の方角から、おおよそ家の方向を割り出して、静雄は帰途についた。既に夕暮れも終わり、辺りは薄暗い。鞄を持っていないことに気が付いたが、恐らく学校にあるのだろう。運が良いければ、新羅が拾ってくれているかもしれない。
静雄はふと思い立ち、自分の手の平を見つめた。静雄の手は、子供の体温がまだ残っているように熱く、僅かに汗ばんでいた。双子が不安にすがりついた手は、その兄を殴り飛ばした手だ。静雄は何かを考えかけ、すぐに止めた。