楽園にふたり
食器棚に皿をしまいながら、ギルベルトがふと思い出したように訊いてくる。
何か、思い出しただろうか、俺は。日常の中で懐かしいと感じたり、相変わらずだなと感じることはある。思い出としては残っていないが、どこかで確かに覚えているからなのだろう。だがそういう感情を抱いても、過去にあったことを明確に思い出したことは一度もなかった。重く厚い蓋が掛けられているかのように、何度思い出そうとしても何も出てこないのだ。きっかけのようなものがあれば存外簡単にいくのかもしれないが、それが何なのか俺には検討がつかない。
いや、と首を振れば、ギルベルトはそうかと吐息に混ぜるようにして言った。その様子がどこか安堵したようだったのは、きっと俺の勘違いだったのだろう。
クリスマスが近くなったある日。
2階で物音がしたような気がして、俺は階上に視線を遣った。ギルベルトは買い出しに出掛けていて不在だ。俺以外に音を立てる者はいない筈である。こんな田舎だ、泥棒という線は極めて低いだろう。だが何かが侵入した、ということは有り得る。
少し前にかさこそと物音がすると思ったら、リスが迷い込んでいたことがあった。もしまた野生動物が入ってきているのなら、外に出してやらなければならない。自然の中に帰りたいだろうし、家を荒らされるのも困る。俺は座っていたソファから立ち上がり、一路2階へと向かった。
そうして耳を澄ませてみると、どの部屋から音が聞こえてくるのかよく分かる。突き当たりにある、小さな部屋だ。俺はそこに入ったことがない。ギルベルトが自分の荷物を入れていて、余りに汚いから整理が終わるまで見られたくないと言ったからだ。色々と細々しいものが多いらしく、片付けが終わったという話は聞いていない。
俺は部屋に入るのを躊躇った。扉を開けてみようと思わなかった理由は2つ。この部屋に用事がなかったこと、そしてギルベルトの言葉に頷いた事実があることだ。俺は彼が整理が終わったと宣言するまで、この部屋を開けないと約束した。終わったと言われても、何の理由もなくいそいそ見にいくようなことはしなかったと思うが。