楽園にふたり
手を伸ばしペンダントを拾い上げる。その凍えるような冷たさに、俺はついそれを取り落としてしまった。意外に大きな音を立てるそれに、ばちっと脳裏に火花のようなものが散る。
頭の痛さはピークに達していた。がんがん殴られるような衝撃に、立っていられずに膝をつく。クソ、何なんだこれは。一体何が起きている、何だってこんなものがここに。ギルベルトはどうしてこんな、俺をここに寄せ付けずに何を答えてくれ、なぁ、頼むよ──兄さん。
『兄さん』。
その呼称は妙にしっくりと馴染んでいる。それはそうだ、俺とギルベルトは恋人同士である以前に、兄弟なのだから。そして俺は彼を、それこそ何百年という単位で兄と呼び慕ってきたのだから。
あぁ全て、何もかもを、思い出した。
俺は倒れたのだ、戦火が拡大していく中、次から次へと舞い込んでくる仕事に忙殺されて。その時に頭でも打ったのだろう。それで大切なことを色々と忘れてしまった。忘れてはいけないことを皆、忘れてしまった。そうして1ヶ月余りもこんな田舎でのうのうと暮らしていた。ギルベルトと一緒に。国を担う片割れと一緒に。
ならば今ベルリンでの指揮は誰が執っている。上司の傍らには誰が控えている。俺がそう出来ないのは無理もなかったとして、何故ギルベルトはこんなところで俺と暮らしている。一体何を考えているんだ、あの人は!
俺はご丁寧に仕舞われていた軍服に袖を通す。落としてしまった鉄十字もきちりと襟元につけた。これまで外して仕舞い込んでおくなんて、どうにかしているとしか思えない。探せばすぐにいつも穿いていたブーツも見付けることが出来た。
ここに来てからはずっと下ろしていた前髪を上げれば、鏡の中の自分は1ヶ月余り前の自分と寸分違わなくなる。これが俺の、『ドイツ』のあるべき姿だ。どうしてずっと思い出せずにいたのだろう、情けない。はぁ、俺は溜め息を吐く。
と、玄関先に人の気配。忍ばそうともしていない足音はギルベルトのものだ。漸く帰ってきたか。毎度毎度どこで食料を手に入れてきていたのやら。まぁあの兄のこと、思わぬ人物や会社と繋がりがあってもおかしくはない。
「遅くなって悪い、ルッツ……ルッツ?」