楽園にふたり
速攻でリビングに向かったらしいギルベルトは、そこに俺の姿がないことに疑問を抱いたようだった。俺は大抵自室ではなくそこにいたから。いつも、そこでギルベルトの帰りを待っていたから。このご時世に、実にのんびりとな。
声を上げながらギルベルトが近付いてくる。がさがさ音が聞こえるのはまだ荷物を持っているからだろう。バスルームの扉は開けっ放しにしてある、ギルベルトはすぐに俺の居場所に気付く筈だった。この別荘は小ぢんまりしているのを2人して気に入っていたくらいだから、そうしていなくともいずれは辿り着いたろう。
「何だこんなとこにい、た…」
「お帰り、兄さん」
俺の姿を目にした途端、ギルベルトは見るからに青褪めた。腕の中の紙袋が音を立てて床に落ちる。上の方に入れてあったのか、転がってきた林檎が俺のブーツに当たって止まる。手袋を嵌めた俺の手がそれを拾うのを、ギルベルトは信じられない目で見ていた。
無意識に横に振られる首。それは一体何を否定しようとしているのだろう。何を、拒絶しようとしているのだろう。
林檎を放り出し、俺は一歩前へ踏み出す。合わせるようにギルベルトは一歩後退する。わなわなと震える唇は、血の気が引いて酷く白っぽく見えた。
「ルッツ、お前、」
「全部思い出した。迷惑を掛けて済まなかったな、兄さん。ところで訊きたいんだが──」
言い様、俺はばんっと壁に両手を突く。ギルベルトを決してどこにも逃がさないように。
動揺していて自分が壁際まで後退していたことにも気付いていなかったらしい。退路を塞がれたことを悟るなり、ギルベルトはずるずると床に座り込んだ。常の彼ならばそこから横っ飛びに逃げることも出来たし、しただろう。だが今日はその気配がなかった。
細い息が薄く開いた唇から漏らされる。時折引き攣るそれは嗚咽を耐えているような気があった。視線の定まらない瞳が俺を見上げる。涙さえ浮かべて、俺を見る。
それに刺激されたのは苛立ちだった。激情に命じられるがままに、俺は言葉を口にする。
「俺と貴方はどうしてこんなところでのうのうと暮らしていた? どうしてベルリンにいない? どうして俺に真実を隠して隠棲の真似事などしていたんだ? 答えてくれ兄さん──ギルベルト」
「それ、は」
「視線を逸らすな。何故言い淀む? 貴方は堂々と言えないようなことをしていたのか?」