楽園にふたり
「っ、ルッツ…!」
遂にぼろりとギルベルトの瞳から涙が伝い落ちる。後から後から溢れて止まらないそれを拭おうともせずにギルベルトはうなだれた。
嗚咽で聞き取り難い声がぽつりぽつりと弁明をしていく。
「俺だって最初はこんなつもり、なかったんだ。倒れたって聞いて、病院駆け付けて、そしたらお前、忘れてた。俺のことも国であることも全部、忘れてた」
「びっくりしたけど、すぐに戻るだろうって思った。でも戻らなかった。何日経ってもずっと、戻らなかった」
「もしかしたら、って思ったのは、そん時で。田舎に引っ込んで、世間から隔絶されてれば、お前はずっとずっと、思い出さないんじゃないかって。国とかそういうのは全部忘れてたままで、2人で暮らせるんじゃないかって。幸せに、なれるんじゃないかって、思っちまった。一端の人間みたいに幸せを掴んで、自分の、自分たちの為だけに生きられるんじゃ、ないかって」
「そんなの夢にも、考えたこと、なかったのに。出来る筈ないって、絶対終わりがくる、て、分かってたのに。俺、無理だった。耐えられ、なかった。少しでも可能性が見えたら、それに縋りたくなった。皆に迷惑掛けるの、迷惑掛けるどころじゃねぇのも、分かってた。でも、それでも俺は…っ」
「ここ1ヶ月くらい、すっげぇ、幸せだった。その日のこと、お前と自分のことしか、考えなくて、よくて。お前がずーっと側にいて。下んないことで笑って、喧嘩して、怒って。キスして。抱き合って。ずっとずっとこのままがいいって、思った。このままでいたいって、思ってた」
「けど、お前は、思い出しちまったんだな、ルッツ。もうここには、いられないんだな」
「ごめん。ルッツ、ごめんな。俺の我儘に、付き合わせちまった。何にも覚えてないお前を、突き合わせちまった。もっと早く思い出せたかも、しれないのに。も、と、早くに…」
翌日、迎えに寄越してもらった車の後部座席で俺は体を揺られていた。
隣には泣き腫らした目をしたギルベルトが、また少ししゃくり上げている。近くの街まで出て電話をかけた時、上司の応対は特に怒った風でもなかった。何もかも知っているような感じで、記憶が戻ってよかったと喜ばれた後、場所も聞かずに迎えをやると告げられた。