引いた籤は大物でした
「……?」
地面に倒れ伏し、次に襲いかかって来るであろう攻撃を覚悟していた青年の一人が、おそるおそる顔を上げた。
「……」
自分たちの方に向かってトンファーを構えたまま、雲雀がどこかきょとん、とした表情で数回瞬きをして、肩越しに綱吉に振り返る。
「…夕飯、綱吉が作ってくれるの?」
抑揚は殆ど無いが、彼を深く知る人間ならその声に期待が混ざっている事に気づくだろう。
だが生憎、青年達にそれは解らない。
「はい。…さっき母さんとリボーンの許可、貰ってきました」
対する少女は怯えた様子もなく一つ頷いて、雲雀の腰に回した腕にほんの少しだけ力を込める。
それは雲雀を引き止める為のようであり、宥める為のようでもあった。
「奈々だけならともかく、赤ん坊の許可も得てきたって事は…うちに泊まるのかい?」
「……はい」
少女が頷くと、驚く事に雲雀は構えていたトンファーをすっ、と下ろした。
「そう」
不良の権化と呼ばれ、一度狙った獲物は完膚無きまでにたたきのめすと言われている彼が、あっさりと牙を引いたのだ。
「───気が変わったよ」
どこへともなくトンファーを収めると、雲雀は自分の腰に回されている綱吉の手をぽん、と撫でた。
そして倒れ伏したままの青年達に向かって、機嫌よさげに目を細めてみせる。
「君達を咬み殺すのは、止めておいてあげよう」
その言葉を聞いて、綱吉がぱっと表情を明るくする。
「…ありがとうございます!」
「綱吉にお礼を言われる筋合いはないと思うんだけど」
「だけど、ありがとうございます」
「良く分からない子だね。…でもまあいいか、今の僕は機嫌が良い」
する、と綱吉の腕を解くと、スラックスのポケットから携帯を取りだし、どこかへ電話をかけ始めた。
「…ああ、僕だけど。並盛商店街の外れに群れが3匹転がっているから、見かけたら適当に病院にでも運んでやってよ。街の景観が損なわれるから、早めにね」
その、『街の景観を損なうような真似』をしたのは雲雀自身だが、彼にとってすでに青年達は興味の対象外だった。
「草壁さんへの電話、ですか?」
「うん。彼が風紀委員の中で、一番使えるからね」
大雑把な場所しか伝えてはいないが、彼なら的確に処理してくれる。
投げ出されてしまっていた綱吉の鞄を拾い上げ、雲雀が問いかける。
「何を作ってくれるの?」
「それが、何食べたいか恭弥さんに聞こうと思って、携帯からメールしようとしていたところだったんです。その途中であの人達にぶつかっちゃって…」
「へえ、前方不注意かい?」
「う…す、すみません」
「ドジな子」
しゅんと項垂れた綱吉の頭を折り曲げた人差し指でこつん、と小突いて、雲雀はくすりと笑う。
「歩きながらじゃなくて、立ち止まってからメールすれば良かったのに」
「立ち止まってたんですけど、生憎その場所が歩道の真ん中だったもので…」
「それなら彼らは、綱吉を避けることもできたんじゃない?」
ちろりと青年達に視線をやると、動けないままの彼らの肩がぎくんと震える。
「いやいや、立ち止まる場所を間違えちゃってた俺も悪かったですから!」
ぶんぶんと大きく首を横に振って、綱吉は敢えて自分の非をアピールする。
「すみませんでした!今度から立ち止まるときは、ちゃんと歩道の端に寄りますので!」
青年達に改めて言ってから、綱吉は雲雀の左手首を掴んでくい、と引いた。
「鞄、拾ってくれて有難うございました」
「いいよ、持っててあげる」
「でも、中に財布が入ってるし、これから買い物しなきゃ…」
「それじゃあ、まず肉屋へ行こうか。久しぶりにハンバーグが食べたくなった」
「ハンバーグですね。ソースはどうしましょうか?」
「前に綱吉が作ってくれた、さっぱりしたのが良いな」
「きのこと大葉と大根おろしで作る、和風のやつですよね?解りました」
打てば響くような調子で返答した綱吉に、雲雀の機嫌はますます良くなっていく。
「新鮮な合い挽き肉を出して貰おう」
「はい。でも、ちゃんとお金は払いますからね」
「僕が言えばタダでくれるのに」
「それは肉屋のおじさんが、恭弥さんを怖がって貢いでくれるからですよ。ダメです、きちんとお金は払わなくちゃ」
幼い子供に言い聞かせるような綱吉の口調にも、雲雀は大して気分を害するような様子を見せない。
「…だったら、少しおまけして貰うように言ってみようか」
「恭弥さんがお願いしたら、必要量の倍以上のおまけが付いてきちゃいますよぅ。大丈夫ですって、必要経費は財布に入れてありますから。…他にリクエストはありますか?」
にこ、と笑った綱吉に、雲雀は少し考える素振りを見せて。
「……蓮根入りのきんぴら牛蒡と、玉ねぎを湯通しして胡麻とポン酢で和えたやつも食べたい」
更にねだってみせる彼に、綱吉は笑顔で頷く。
「いいですよ。…そうだ、豆腐と油揚げも買わないと。明日の朝のお味噌汁に使いたいし。恭弥さん、お家にお米はありますか?」
「この間、新米を一俵分貰ったばかりだよ」
「わあ、新米ですか!楽しみだなぁ。頑張ってご飯、作りますね」
「うん、楽しみにしてる」
自分の手首を掴んでいた細い手を取って繋ぎ直し、雲雀は綱吉の鞄を持ったまま彼女と並んでその場をあとにした。
作品名:引いた籤は大物でした 作家名:新澤やひろ