クラウ×フロワード
「確かに・・・ここなら、人の目をあまり気にせずにすみますね」
貴族はこなさそうだ。そう言いたいのは伝わったらしい。クラウは男らしい微笑を浮かべた。
「あぁ。今日は悪かったな。いきなり誘っちまってよ」
「閣下が謝る様なことはございませんよ。好きで来たのですから」
「仕事中じゃないんだから名前で良いって」
「名前を言ってしまえば、人に知られてしまいますよ」
クラウ・クロムの名は余りにも有名である。
「まぁ・・・小声なら大丈夫だろ。仕事の話をするわけじゃないんだ」
「それは・・・そうかもしれません。しかし、」
クラウはフロワードの唇を人差し指でつついた。
「じゃ、先輩とでも呼んでもらおうか?あながち間違いでもないだろ?」
片目を瞑って笑うクラウはいつもより若く見える。
フロワードはなんとなくギャップに新鮮なものを感じた。
「それはお断りです」
「そうか・・・」
そんな冗談を言い合うと、だんだん口も滑らかになってきた。
「私が湯に浸かっているとき、あの方が入ってきて吃驚しましたよ・・・」
「あの人個性的だったよなぁ。友好的なのはいいんだけど。どうもなぁ」
話はやはり共通の話題で、無難なこの前のパーティーの話になった。
「パーティーの時も存在感あったけど・・・
屋敷に戻ってからは一層・・・」
「まさか夫婦と勘違いされて、一部屋しか用意されてないとは思いませんでした・・・」
ぼそっとグチみたいにこぼす。パーティーの最後の方、驚いた出来事として何気なしに挙げた一件だった。
しかしクラウはその話題を聞いた途端体が強ばり、それをみたフロワードもしまったと口を噤む。
再び気まずい沈黙が訪れてしまった。
二人とも、嫌悪すべき事柄としてそれを挙げているのではない。
実のところ、二人とも恥ずかしがっている。
クラウは誤魔化すようにグラスの酒を一気に仰ぐ。フロワードも何故か慌てて酒を飲み、アルコールの酩酊感にくらりとする。
「・・・あん時は悪かったな・・・その、寝ぼけてて・・・」
クラウが核心に触れ、フロワードはぎくりとした。フロワードとしてはなんだかとても避けて通りたかった道なのだが、クラウはというと、意を決した様子で話し始める。
「嫌な思いさせたかなと思ってよ・・・悪かった」
「閣下に責任があるわけでもありませんし・・・あの場は彼女もほかの部屋を用意していただける様子もなかったのですから・・・・私に謝る必要はありませんよ」
謝罪を受け取りたくないフロワードはそう言う。
しかしクラウは思った以上に真面目な男のようで、「いや、」と繋ぎの言葉を発してからフロワードの視線をとらえて言う。
「なんだか俺もすっきりしないし。一度謝っておきたくてな」
「・・・」
フロワードは軽く俯く。
それを了承と取ったらしいクラウは、少し気さくな感じになり、フロワードの肩を叩く。
「お前ってクソ真面目で根暗っぽいし。あぁいう旅行とか仕事以外で行った事ないだろ?意外と押しにも弱いし」
「根暗は余計ですよ・・・落ち着いていると言って下さい。まぁ、貴方みたいに社交的でも明るくもないですがね」
「俺が落ち着いてないみたいだな・・・その言い方」
「おや、落ち着いてらっしゃるおつもりで?」
クラウは笑った。
「いや、落ち着きじゃかなわないな」
裏表のない笑顔。クラウはとてもリラックスしている様子だった。
逆にフロワードは何故かとても落ち着かない。そわそわしてしまい、クラウの顔もまともに見られない。
ちびちび酒を飲んでいると、またグラスの中身がなくなってしまった。クラウの飲んでいる度数の強いものに手を伸ばし、自分のグラスに注ぐ。
琥珀色の液体がそそぎ込まれる。フロワードはそれをちびちび飲み始める。
二人とも、今の時点で結構な量を飲んでいた。
クラウは少し心配そうに眉を顰める。
「おい、大丈夫か?かなり酒飲んでるみたいだが・・・」
「平気ですよ・・・」
心配されて、フロワードはドキリとした。
フロワード自身は酒に弱くはない。しかし好んで飲んだことは余りなく、これほどの量を一度に飲んだことは初めてだった。
頭の中がぼーっとする中で、自分でも少し心配になってきた。手洗いへでも行って酔いを醒まそうかと席を立つ。
「?」
しかし視界がぐらりと揺れ、立ち上がれずに元の席に座り込む。顔を押さえて肩肘をつくとクラウが心配したように立ち上がった。
「おま、言わんこっちゃない!」
クラウは呆れ、「少し待ってろ」と言って会計を済ませにいく。戻ってくるとフロワードの耳元で「歩けるか?」と囁いてきたので、フロワードは頷き立ち上がろうとするが、どうも立ち上がれない。
「あんま無理すんな。ちょっと我慢しろよ」
言うやいなやクラウはフロワードを横抱きにする。これにはフロワードは驚き拒絶しようとする。
「動くと落ちるから大人しくしてろ」
思わずたじろぐが言われたとおりに体の力を抜く。
「軽いな。やっぱ女なんだよな・・・」
クラウの言葉に、女でなかったなら何に見えるんだと思ったが、フロワードは酔いが回って口を動かすことの億劫になっていた。
力を抜いたら気まで抜けてきて、フロワードは意識がだんだん沈んでいくのがわかった。
クラウの前で眠りについてしまうのは二度目だと思いながら、フロワードは目を閉じた。
3
フロワードが目を覚ますと、見たことのない屋敷だった。
ずきずきする頭を片手で押さえる。頭はまだぼんやりとしか動いておらず、ここはどこだろうとあたりを見渡す。上等な屋敷で、それなりの地位にある人物の屋敷だとわかる。豪華すぎる内装ではなく、どちらかというと質素ではあるが、頑丈な作りだ。
貴族の誰かにしては絢爛さに欠けると思いつつ、今度は自分を省みる。
体がだるく頭が痛い以外に異常も外傷も見られない。敵など誰かに危害を加えられている様子はなくほっとする。
しかしそうすると此処はどこだろうと悩み、昨日までの記憶を反芻する。
特別な仕事も急に入った仕事もなく、ただ前日までに溜まっていた仕事を片づけていた。
余り外へも出ずにシオンに経緯の報告をした位で人とも余り話さなかった。
その後夕刻あたりになると、誰かとばったり会った気がする。なんとなく避けていた人物で、会うのも気が引けた。何故気が引けていたのか思いだそうとする。
なかなか思い出せず、フロワードは再び横になった。二度寝なんてしたことないが、なんだか気分的に思い出したくない。胸に手を当ててみて、嫌悪の余り忘れたくなるような思い出でもなさそうだが、何となくもやもやしている。
言葉にできない気持ち。そんなものを経験したのは初めてだった。
昨日、斜陽に照らされた男の顔を思い出す。
その後で二人きりでいった店の明かりに照らされた男の顔を思い浮かべる。
はにかんだような子供っぽい、でも男らしい笑みを浮かべていた人物。
「クラウ・・・!?」
フロワードはがばっと上半身を起こす。
「よう、起きたか?」
「元帥閣下!」
昨日とは違う服でクラウ・クロムが部屋に入ってきた。
フロワードは両手を頬に当てて素っ頓狂な声をあげる。
「あ、な、な、ど、こ、」
「落ち着けよ」
フロワードのあまりの慌てようにむしろクラウが驚いてしまう。