クラウ×フロワード
「ここは俺の屋敷だ。昨日酒場でお前寝ちまったから連れてきた」
「た、大変失礼いたしました!」
フロワードは慌てて頭を下げる。かあぁぁと頬に熱が集まっているのが自分でもわかる。酒で失敗したことなどなかったのに、彼の前でそんな失態を晒してしまうなど。
クラウは気さくな様子で片手をあげた。
「いいっていいって。気にすんなよ」
フロワードは恥ずかしさの余りいつまでも顔を上げられない。ずっと頭を下げたままのフロワードにクラウは苦笑し、近づいて彼女の顔を両手で掴む。顔を上げさせて、気にするなともう一度笑いかけようと思っての行動だったが、思った以上にフロワードの顔が赤い。顔を見て驚き、クラウまでほんのり頬を赤く染めることになった。
(あのフロワードが照れてる・・・んだよな?これ・・・)
クラウはフロワードに触れた手を離すことができず、固まる。いつも澄まして冷たい女だと思っていた彼女の意外な一面を見て、戸惑う。
いつまでも手を離さないクラウに、フロワードは眉尻を下げてか細い声で言う。
「あの・・・手、離して・・・下さい・・・」
「えっ、い、嫌か?」
手離したくないな。もったいない。二度と見られないかも知れないのに。
思わずそんな考えがよぎり、反射的に口から出た言葉にフロワードが目を見開く。次いで自分が何を言ったのか頭に入ってきたクラウが、フロワードに負けず劣らず顔を赤くした。
「あ、わ、わり・・・!」
慌てて手を離す。
手を離されて首の向きを自由に動かせるようになったフロワードが、クラウから顔を逸らす。横顔をクラウが見るようになり、耳まで真っ赤なのがわかった。
クラウは混乱する自分がいることに気づく。
そして混乱する原因が何なのか、それなりに経験豊富なクラウにはわかった。
原因が分かると落ち着くもので、クラウは顔は赤いままだったが穏やかになってフロワードに言う。
「・・・送ってく。二日酔い、つらいだろ?」
フロワードは言われて気づいたのか、頭を軽く片手で押さえた。ずきずきと痛むらしい頭に顔をしかめ、頷いた。
「・・・はい」
「先輩ー!?」
「んだよカルネ。そんな大きい声出すなよ」
血相を変えてクラウの執務室に飛び込んできた後輩に、クラウは眉を顰めて注意した。
「あっ、はいすみません・・・」
カルネはクラウの様子があまりにも普段と一緒すぎたので、高かったテンションが釣られて降下してーーー
「って騙されませんよ!先輩どんだけ見境なくす気なんですか!?女性だったら誰でも良いと!!」
「人を女タラシみたいに言うんじゃねぇよ!大体何の話だ!」
「ミラン・フロワード中将が先輩と一緒にいたところを見た人がいるんです!今日の朝、馬車の中から二人が出てきて何か少し話をして別れた!先輩のファンの女の子たちが噂してましたよ〜」
ニヤニヤ笑ってカルネが言う。クラウは溜息をついた。
「別に一応仕事仲間ではあるんだから、一緒にいたって問題ないじゃねぇか。いちいち噂立てる意味がわかんねぇよ」
「あれっ・・・先輩なんかヘン」
「ヘンって何でだ!?」
カルネは興が冷めたようで冷静になりジト目になってクラウに言う。
「で、実際のところ何をしていたんです?」
「別に。ただ、ちょっと前に仕事で他国のパーティーに一緒に出席したろ?」
二人が出席したパーティーのことは皆知っている。
「あー、犬猿と噂される二人が出席することに微妙な空気が流れたような流れなかったような」
「仕事なんだからちゃんとやるだろ。まぁ途中までは一言も話さなかったけどな」
「うわ・・・その場にいなくて良かった」
いつも相手に遠慮なく言い争いをする二人の様子を脳裏に思い浮かべてカルネは言う。
「まー途中まではお前が思っていたとおりの展開だったと思うんだが」
「途中まではといいますと、途中からは何か面白い発見でもしましたか」
ニタリと笑うカルネを殴る。
「いたっ!何で殴られたんですか今!?」
「で、泊めてくれた人が変な人で・・・まぁその人良い人だけど相手にするのが大変だったなーって事で二人で飲んでた」
「はぁ!?なんですかその飛躍的展開!」
カルネはふらりと体を傾ける。
「結局よろしくやってたんじゃないですかもう・・・良いですね楽しそうで」
「まぁ思ったよりは楽しめたけどな」
普通にクラウが言うと、カルネは冗談を引っ込めた。
「先輩・・・」
「あ?な、なんだよ・・・」
いつになく真剣な顔のカルネにクラウはやや気圧される。
「いやなんでもないです」
恐ろしくて口にすることも出来ないとばかりに首を振るカルネ。
「なんなんだよ・・・」
「っていうか先輩、フロワードさんとあんなに仲悪そうだったのに」
「まぁ、そういうのは誤解と理解不足が産むんだ。ってことを理解した一件でもあるな」
「キリッ・・・良いこと言ったかなと思ってやがりますね・・・」
「あ?なんか言ったかカルネ」
その後も二人の漫才はしばらく続いた。
4
クラウの屋敷から戻るなり、フロワードは自室のベッドへダイブした。
「・・・」
フロワードは自分が未熟だとはおもっていない。思慮分別も思考能力も人並み以上だと思っている。感情を理性で押さえつけるのも痛みを意志の力で押さえつけることも出来る。
その(自分で言うのもなんだが)有能な頭脳が、クラウに関してだけは働かない。
今まではそんなことはなく、あのパーティーの一件の後からだ。
「・・・」
うつ伏せから仰向けになり、切なげな溜息をもらす。
自分はクラウ・クロムに好意を寄せている。駒としてでも同じ王に仕えるものとしてではなく、異性として好いている。
フロワードは溜息をつく。
フロワードが普通の女なら、恋心を自覚すればすることは大体同じだろう。しかしフロワードの理性は感情をシャットアウトして動き、感情を満足させるような考えが出来ない。
クラウが好きだ。
でもきっとこの感情は、邪魔なだけ。
・・・フロワードは確かに有能な頭脳を持ち戦や政治にも長けている。しかし人並みの生活も愛情もしらない彼女は、自分の恋心を自覚は出来ても成長させてやれないでいる。
感情に疎い心は、臆病な恋心を持て余した。
一方恋愛豊富でついでに戦上手なクラウは、自分の感情にとても素直だった。
(フロワードが、好き、かな)
『年上の女性の良い所は、年上らしくしっかりしているけれど、たまに抜けていたりこちらを頼ってくれるときのギャップが溜まらないわけですよ!ギャップ萌え!』
人妻好きの後輩の馬鹿話しを思い出す。
人を人とも思わないような、非道な女。
パーティーの時の艶やかな姿。柔らかい肢体。
酒に酔い顔を赤くして話す顔。酔いつぶれてしまった安らかな寝顔。
慌てたそぶりでクラウに謝り、顔を真っ赤にした彼女。
「ギャップ萌え・・・か」
冗談は置いておいて。
クラウは頭を掻いた。
今まで何人彼女性と交際経験はあるが、正直全て遊びというか、さほど真剣な交際ではなかった。本気で好きだと思う人もなかなかいなかったし、恋愛よりも国のことが気になった。