クラウ×フロワード
自分は軍人でいつ死ぬとも解らない身。そんな中所帯を持つなんて考えられないし、恋愛に現を抜かしてばかりもいられない。そんなクラウの考えは女性たちにも伝わっていたのだろう。クラウは恋人とあまり長続きしない方だった。
火遊びの恋愛なら得意だが、相手は同じ軍人にして同じ王を支持する仲間。中将という軍部での肩書きに侯爵という華やかな身分をお持ちの貴族様でもある。
「火遊びじゃ・・・すまねぇだろ」
そもそもフロワードが火遊びの恋愛をするとは思えない。自分の体を大事に思ってなさそうなので、仕事関連で経験はありそうではあるが、恋愛の末という姿は全く想像できなかった。むしろ恋愛をしている姿からして想像できない。
火遊びではなく、真剣なお付き合いをしましょう、というのも・・・
クラウは自分がフロワードに告白している場面を思い浮かべ・・・笑った。
(殺人的ににあわねぇ・・・)
そういえばまともに告白したことも余り無かった気がする。
いつ死んでも良いようにと避けてきた結婚。軍人が相手だったらどうしようなんて思ったことがなかった。
(でも、俺は誰とも結婚する気はない)
自分の考えを、改めて認識する。
改めて認識することで一層意志が固くなり心に余裕が出来る。
余裕が出来て相手のことを考えたら、小さな笑いがこぼれた。
フロワードが自分を憎からず思っていることはなんとなく解るが、彼女も自分の恋心より仕事を優先させるタイプだろう。何が目的か知らないが、彼女は彼女でシオンに忠誠を誓っているのだ。
そんな女が元帥という地位にいる人物と仕事抜きの恋愛関係に陥る事なんて、きっと出来ない。
感情ではなく理性がそうさせない。クラウと同じように、感情をなんとかして押さえつけようとすると思う。
クラウは諦めたような笑いをこぼす。
それは、カルネもシオンも見たことのない笑みだった。
何日か経って、二人は再び顔を見合わせた。
「よ、フロワード」
「クロム元帥閣下」
フロワードは丁寧に一礼した。
「先日は大変ご迷惑をおかけいたしました。礼が遅くなり申し訳ございません。出張で出来なかった仕事を進めていたもので・・・」
フロワードも多忙な生活を送っている。わざわざ礼をするためだけにクラウの元に来たりはしないだろう。他の相手、たとえば反国王側の勢力の貴族に対してなら、何らかの別の用件を持って行うかも知れない。
「いいっていいって。好きでしたことだし」
それを聞いたフロワードの表情が少し変わった。あくまで仕事モードで硬い顔つきが少し解れた気がする。
「また飲もうぜ。無理しない程度でな」
「閣下・・・」
ちょっと非難するような顔が可愛いと思う。照れてるなよ可愛いから。
(あれいきなり末期かこれ?)
クラウは空笑いした。
「じゃ、悪い。俺仕事あるから」
クラウはそう言うとその場を立ち去った。
そんな事があってから、カルネになぜか以上に心配されるようになった。
「先輩少し休んだらどうです?シオンさんみたいになってますよ?」
「あー」
「全くどうしちゃったんですか!あんなにデスクワーク嫌いだったのに!事務は全部僕に押しつけてきた先輩が懐かしいですよ!」
「カルネお前・・・ドMだったのか?」
「そこだけちゃんと反応しないで下さい!冗談ですよ冗談!」
相変わらず鬱陶しい。クラウは顔を苦くして言った。
「カルネ、お前こそ仕事サボるんじゃねぇよ。その分誰かがお前の仕事してんだぞ?」
カルネは死の宣告を受けたような顔になった。
「せ、先輩が真面目なこと言ってる・・・!明日は槍が降るに違いない・・・!」
「おいこらカルネ表出ろおぉ!」
仕事に没頭して忘れようと思っても、クラウの限界はこの辺りらしい。
一方クラウと違い暗く大人しくあまり騒がしいことは好きではないフロワードは、クラウの比ではないくらいの仕事量を行っていた。
「ふ、フロワード・・・少し休んだらどうだ?」
それは王であるシオンから見ても激務だったらしい。ワーカホリック気味のシオンにさえ宥められて、しかしフロワードは不思議そうに訪ねる。
「特に問題はございませんが。何故です?」
「いや、仕事のしすぎだろ・・・なんだこの書類の山」
シオンはフロワードが持ってきた書類の山を見て恐ろしそうに言う。
「私が昨日までに仕上げた案件です。お目通しお願いいたします」
「お、鬼!」
多忙で死にそうなシオンは目眩がした。
「今日中になさって下さいと申し上げているのではないのですから。陛下こそお休みを取られた方が宜しいのではないですか?」
「俺はお前みたいに顔色も悪くない」
「私のこれは生まれつきです」
シオンはしょんぼりした。
「でもなぁ・・・やっぱりこの量は異常だぞ。いつもの何倍やってるんだ・・・お前のことだから、他にもいろいろやってるんだろう?」
ちょっとだけギクリとするが、むしろシオンは労るように言ってきた。
「何でそんなにがむしゃらにやっているのか知らないが、あんまり根を詰めすぎるな」
フロワードは頷き、一礼してその場を立ち去った。
(陛下はやはりお優しい・・・)
部下をよく見ていて気を配る優しい王だ。だから皆彼に着いていくのだろう。
(クロム元帥閣下も似た所がある。似たもの同士、気が合うのだろうか)
シオンのことを考えていたのに、いつの間にか思考はクラウのことばかりになっていた。
フロワードはそんな自分に気づかないまま、また仕事をするために自分の屋敷へ戻った。
結局二人はそれっきり、以前のような関係に戻った。
すれ違っても会釈だけ。間違っても飲みに行ったり遊んだり笑いあったりしない。
クラウの女遊びは全く無くなり女の子を話題にすることすらなくなった。
シオンはクラウの態度に疑問を持っていた。なんだか三割増しぐらいに真面目になったクラウがシオンの目にはおかしく映った。無理をしているようにも見えるし、なによりいつも明るいクラウが楽しそうにしていない。
別に暗くなったわけではない。たまに冗談も言うし、カルネとの漫才も相変わらずだ。それでもどこか妙だと思った。
クラウがそうなってしまった理由が解らないシオンは悩んだ。どうしたらクラウを明るくさせられるだろう。どうしたらクラウにもう一度笑ってもらえるだろう。
「シオンさん。実は・・・」
そんな時、カルネから相談があった。
カルネも同じようにクラウのことで悩んでいたらしい。
「・・・・・・それ、本当なのか・・・?」
信じられずシオンが思わず聞いてしまう。
神妙な顔でカルネが頷いた。
「えぇ。きっと、先輩はそれで悩んでいるんだと思います」
カルネは耐えきれないとでも言うように思い切り立ち上がる。いすが音を立てて後ろに倒れた。
「シオンさん!僕、あんな先輩見てて嫌です!女遊びもしない、真面目に仕事はする、そんなの先輩じゃない!」
「うん今はあえてつっこまないが・・・よしわかった!」
シオンがニヤリと笑う。
「そうと決まれば、楽しんで貰わないとなぁ?」
後に語るが、この時のシオンの顔を見たカルネは、「僕一生シオンさんには逆らいません」と震えながら思っていたとか・・・
「くしゅっ!」
鼻と口を手で押さえフロワードはくしゃみをした。
「風邪ですかね・・・」