ゆめのおわりex
どれくらい時間がたっただろうか。
ただひたすら、祈るようにこちらを見つめていた正臣が、一瞬、ひどく傷ついたような光を瞳に浮かべ、
次の瞬間、ふい、と視線を外した。
あ、と思った、次の瞬間、こちらに視線を戻した正臣は、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「なーんてな!帝人!そんなマジにとんなよ!」
あっけにとられていると、正臣は帝人の上から身をおこしながら笑った。
「いろいろあったことだし、久々に帝人の愛を再確認したくなっただけだって!
俺たちの間柄は、あっさり”友情”なんて言葉に置き換えられないものだよなってな。
なーんて、得がたい親友なんだろうな、俺たちって!」
まるっきりいつもどおりの軽い調子でぺらぺらと話し出す正臣に、帝人は呆気にとられてから、その言葉の内容を反芻して激しい違和感を覚える。
”親友”?
違う、正臣はさっき、『友達』じゃなくて『恋人』として、と言っていたのに…。
「ま、正臣…!」
慌てて身を起こす帝人に、正臣はウィンクして、
「悪かったな帝人、なんか紛らわしいことしちまって。
お詫びに、夕飯おごるから街行こうぜ。」
言うと、帝人に背を向け、部屋を出て行こうとする。
こちらを置いてけぼりにしたその態度に、帝人は思い至る。
わすれる--、忘れるってそういうことなのか、正臣!
分からなかった。自分の気持ちはいまだ分からなかった。
でも。
このまま、あの、正臣の必死の告白を、なかったことにしてはいけない。
そんな強迫観念のような想いにとりつかれ、帝人は足を踏み出した。
「正臣!」
今まさに靴を履いて出て行こうとしていた正臣を必死に呼び止める。
「なんだ、みか---」
振り向きかけた正臣の頬に強引に手を添え、その唇を奪った。
帝人も必死だったが、その瞬間、正臣も、その体を大きく震わせ、信じられない、という風に目を見開いていた。
止まった時間の中で、帝人はゆっくりと角度を変えて、正臣に口付けた。
しばらくそのままの体勢だったが、ええと、これからどうしたらいいんだろう、と、
自分でリードをとったことのない帝人は焦り始め、その唇を離そうとした。
けれど、それは果たされなかった。
「!!」
離れようとした帝人の体を正臣の腕が阻み、頭の後ろに添えられた手によって、より深く口付けられる。
「まさお、、」
慌てた帝人の抵抗をやすやすと封じ込め、その口付けはどんどん深いものになっていく。
ためらうように閉じられていた唇はこじあけられ、進入した舌に、咥内を無茶苦茶に愛撫された。
「っ、う、ぁ…」
息が苦しい。そして同時に、触れ合った唇と、正臣の腕が触れている場所が、熱くて仕方がない。
頭がだんだんと朦朧としてきて、倒れこみそうになったところで、ようやく解放された。
呼吸困難から解放されて大きく咳き込む帝人を、正臣は慌てて支えた。
「わ、悪ぃ、帝人。」
ひとしきり咳き込んでから、帝人は、ばつの悪そうな、不安そうな顔をした正臣を見上げた。
二人で座り込んで、静かに見つめ合う。
「…まさおみ。」
帝人の凪いだ声に、びくりと揺れる正臣。
その顔は緊張で強張っていた。
帝人は、頭の中で考えを精一杯整理しながら、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「僕は---、僕のこの気持ちが何なのかはわからない。
正臣が言っているようなものなのか、ただの友情なのか。
でも、僕は、さっき見せてくれた正臣の本気の想いを、なかったことになんてしたくない。
正臣は、僕にとって、だれより大切な---ひとだから。」
目を見開く正臣。
「もうちょっとだけ、待ってほしい、正臣。
僕の、正臣に対する気持ちが何なのか、見つめなおすための時間を、ほしいんだ」
一言一言を噛み締めるように紡ぐ帝人を呆然と見つめていた正臣は、我に帰ったように頷く。
「あ、ああ!」
そして、まるで泣きそうに歪みそうになった顔を俯け、次に顔を上げたとき、いつもの正臣の顔で笑っていた。
「じゃあ俺は、帝人が完全拒絶しない限り、帝人に触れてもいいってことだよな。」
その言葉に、意表を突かれた帝人は、ぽかんとする。
「…え!??」
慌てる帝人に、正臣は、若干人が悪いような笑みを浮かべる。
「だって、それが何なのか分からないんだろ。
付き合ってるうちに分かってくるかもしれないじゃないか。」
え、ええと、そうなんだろうか。
頭に?マークを何個もくっつけて、悩み始めた帝人に、正臣はいつものノリで笑いかける。
「じゃあそういうことで、これからもよろしくな、帝人。」
ばんばんと肩を叩いてくる正臣に、帝人は条件反射で返事をしてしまう。
「う、うん。」
あれ、なんか流されてる?と思いつつも、何も言えない帝人だった。
でも、まあ。
帝人は心中で呟いた。
正臣のあんな辛そうな顔を見なくていいなら、きっと、大抵の事は問題ない。
頷くと、晴れやかな笑顔で正臣に言った。
「じゃあ、夕飯食べに行こうか。正臣。今日はおごりなんだよね。」
立ち上がりながら手を差し出すと、正臣は、あ、覚えてたのね、などと頭をかき、でも、まあいいか、と笑いながら帝人の手をとった。