One-side game
「はぁ?不正取引の証拠?」
兄の案内でリュカの家に戻る道すがら、お互いの情報を交換。と言っても、別にエドワードの方は報告すべき事は特に何もなかったが。
東方司令部で少しだけ聞いた事の顛末を告げれば、案の定兄は盛大に眉をひそめた。
「兄さん、声が大きいよ。・・・そう、ボクらにトランク預けた人が証人なんだって」
それであのトランクの中身は証拠書類。
なんだそりゃ、である。てっきり自分のものだと思っていたのに。しかしその証人とやらも、よくそんな重要なものを赤の他人に預けよういう気になったものだ。
今回たまたま受け取ったのが自分たちだったから良かったものの、普通そんな怪しい事態に巻き込まれたくない人だったら、今頃このトランクは何処へ行っていたか。
「・・・それでも黒幕の手に渡って完全に隠滅されるよりマシだと思ったって事か・・・」
「だね・・・」
「でもさ、証人とかになったら普通護衛とか付くんじゃねーのか」
「普通はね。でも、何かこの話自体、急だったらしいよ。連絡があってから、軍が様子見する前に事態は動いたんじゃないかって」
「…じゃ、あれか?その証人が怪しい動きしてんのに気付いた黒幕が何か手出してきたんじゃないかって事か?」
一か八かに賭けなければいけない程に切迫した事態に追い込まれていた、くらいの過程でないと起こりえない事だろう。
「その証人の人、まだ見つかってないみたいだからね…無事なら良いけど」
司令部を出る前の状況では、まだ証人は向こうの手には落ちていないかもしれない。が、それも予断を許さない状況であることには変わりないらしいし。
「ハボック少尉と一緒だったんだけど、上の方で手分けしようって別れたんだ。後で落ち合おうって」
「どこで」
「あそこに教会の時計塔見えるでしょ。あと10分くらいかな。あの下で」
「あそこ…って結構距離あるんじゃねぇか?急がないと」
バタバタと忙しない事になったが仕方がない。
いきなり飛び出していったエドワードを気にしてか、リュカは家の前の階段に座り込んで待っていてくれたようだった。
「エド、いきなり出てったらびっくりするじゃん」
「悪い。迎えが来たみたいだったから」
「迎え?」
きょとん、とした丸い目が、エドワードの後ろに立っているアルフォンスへと向けられる。アルフォンスは少し屈んで、こんにちは、と声を掛けた。昼間の列車で見た事を覚えていたのか、リュカは大柄な鎧にも戸惑うそぶりは見せなかったが。そこは子供の好奇心。
「――――何で鎧?」
「えー・・・と」
「・・・趣味で」
苦しい。
しかし何か、久々につっこまれた気がする。
だが、根が素直なのか、単に結構大物なのか、リュカはそうなんだ、の一言で済ました。ばたばたと奥からトランクを持ち出してくるエドワードに、お別れの時を悟ったか、リュカは少し寂しげに笑う。
「もう行っちゃうの?」
「…ああ。色々ありがとな、リュカ」
「また会ったら、パン買ってくれる?」
ずっと列車で旅をしてる、と話していたのを覚えていたらしい。遠慮がちな問い掛けに、エドワードは力強く頷いた。
「またな。・・・父さん、早く帰ってくると良いな」
「・・・うん」
元気でね!と手を振るリュカに大きく手を振り返して、2人は真っ直ぐに時計塔を目指して走り出した。
「それでコレ持って何処行きゃいいんだ?」
「東方司令部に戻るんじゃないかな。大事な証拠なんでしょ?」
「あー…ま、車だったら早く帰れそうだからいっか…」
「え、でもボクら汽車で来たよ」
「意味ねぇじゃん。どーすんだ、こんな駅と反対のに来て」
入り組んだ道を抜け、ようやく街道に出る。真っ直ぐに時計塔を目指して降りてきたつもりが、いざ道に出てみると教会まで結構な距離がある。
「ほんとどーなってんだこの街の道…!」
「ややこしいから地図持って行けって言った大佐が正解だったね」
「お前地図持ってるなら出せよ!」
「兄さんが出すより先に走り出しちゃったんじゃないかー!」
ぎゃいぎゃいと騒々しくやりあいながら、ようやく辿り着いた、のだが。
「いねーじゃん!」
「あれぇ…」
教会前で騒ぐ変わった2人連れを、通りすがりの人が奇異の目で見ていく。
どうしたものか、と辺りを見渡した時だ。
背後から聞こえた景気の良いクラクションに、兄弟2人して振り返る。
街道を大型の車がこちらへ向かってくる。横付けするように滑り込んできた車の運転席からタバコを銜えた金髪の男が顔を出した。
「ハーイお兄さんたち乗ってかなーい?」
「ハボック少尉!」
「よぉ、お疲れー。今回は大人しかったな、大将」
「どういう意味だ…」
「駅くらい変形してるかと思った」
「んな事するかよ・・・」
肩を落とすエドワードをどーだかな、と悪びれずに笑い飛ばして、ハボックは助手席を指した。
「乗れよ。向こうさんが動いたぜ。悪いけどアルは荷台に回ってくれるか?」
「はい」
軍用車ではない、見慣れない形の車だ。車の後部座席はなく、運転席の後ろから、荷台のようなものがくっついている。
やたら高いところにあるシートによじ登りながら、思わずしみじみ見てしまった。
「リゼンブールにあったな、こんなの。なんか馬車の荷台みてー…」
「なつかしーんだけどなー。でもこれあんまスピード出ねぇし、微妙なんだよな。まぁあるだけマシって奴だ。アルー、もーいいかー?」
「はーい」
「よっしゃ、行くか!」
ガコン、と一度大きく揺れてからゆっくりと車は走り出した。
きれいに舗装されてる訳ではない街道をガタゴト派手に揺れながらの車旅は長い間乗っていたいものではない。絶対コレはやられる。
「どこまで行くんだよっ」
しかもイーストシティと方向が逆だし。
座席の背もたれに張り付きながら問えば、さっき事が動いたっつっただろ、とハボックは前を向いたままで話を続けた。
「さっき司令部に電話したら、ブレダから連絡が入っててな。バーレイで証人のオッサン捉まえられたらしい」
「無事だったんですか?」
アルフォンスがキャビンと荷台の境のガラス越しに声を弾ませた。
「ああ。何か見張られてるような気がして、朝一にイーストシティに行こうとしたんだそうだ。でも駅の傍で妙な連中はウロウロしてるし、だから仕方ないんでお前さんたちにトランク預けたんだと」
「逃げようとしてたのなら、そのまま列車に乗っちまえば良かったんじゃねぇの?」
「イーストシティにもターゲットんとこの支社はあるし、連絡だけなら電話の方が早いだろ。列車の到着駅も時刻も問い合わせたらすぐ分るし、もし途中で先に人でも回されたら列車内じゃ逃げ場もないしな」
「だからせめて証拠の書類と自分と、バラにしようと思ったって?」
「まー危ない賭けだが、最終的には良い方に転んだよな」
「綱渡りじゃん」
「よくあるこった」
「よくあんのかよ…」
あり得ない。
とは思うが、あり得ないなんて事は、コトが実際に起こった時点で、あり得ない事ではなくなる。ただ、その時の状況を受け入れられない者から見ればそう思うだけだ。
作品名:One-side game 作家名:みとなんこ@紺